一度目に、カンダタが蜘蛛の糸から転落した時、血の池から助け出してくれたのはパースダ―だった。二度目に針の山に刺さった時も。
生前は一匹狼だったカンダタは、これまで誰にも心を開かなかった。しかしどれだけ突き放しても、何があっても彼を慕ってついてくるパースダ―に対して、最近は、弟に対するような愛情を感じ始めていた。
「……登ってもなぁ、どうせまた、切れるだろうしなぁ」
「切れてもいいじゃないですか!」
パースダーの無邪気な声に、カンダタは怪訝な顔を向ける。
「ダメでもともとですよ。どうせ今より、悪くなるわけじゃないし」
たしかにそうだ、と思う。蜘蛛の糸に登ろうと登るまいと、自分たちは血の池に溺れ、針の山に刺さり、苦しみ続ける。だが……。
「ね、兄貴、三度目の正直って言うじゃないですか!」
その言葉で、カンダタの心は決まった。
カンダタは、蜘蛛の糸をよじ登っていく。後に、パースダーも続く。
これまで二度、カンダタは糸を独占しようとして糸が切れている。その因果関係を確信したわけではなかったが、もし独占しようとしなかったのに糸が切れたとしても「どうせ今より、悪くなるわけじゃない」。ためしてみてもいいだろう。
それに、今回はとても独りで助かる気にはなれなかった。自分を慕ってくれるかわいそうなパースダーをこんな所に残して自分だけ助かっても、おそらく自分は幸せにはなれない。それは確信していた。
「兄貴、あと、どれぐらい、ですかね?」
「まあ、まだ、もう少しは、あるだろう」
時折そんな会話をかわすのも、気晴らしになる。パースダーの方を見ると、必然的にその下にも目が行く。またしても、何人か後について登ってくる者はいる。ただ、これまでに比べると、その数は少ない。やはり「どうせまた切れる」と思う者の方が多いのかもしれない。
「パースダー、助かったら、どうなるんだろうな」
「さあ、また、人間にでも、なるんじゃないですか?」
「人間か……それじゃ、同じことを、繰り返す、だけかもな」
「……同じ、じゃないですよ」
一瞬、カンダタは動きを止めて、パースダーの顔を見る。パースダーも無邪気にカンダタを見つめている。
「同じじゃないですよ。だって、今度は兄貴がいる」