小説

『三度目の正直』河内れい(『蜘蛛の糸』)

 俺は好きで罪を犯したわけじゃない。生きるために、しかたなく罪を犯した。そうしなければ、生きられなかったからそうしたんだ。パースダーだってそうだ。たしかに俺たちのしたことは許されることではない。許してくれとも言わない。でも俺たちを、罪を犯さなければ生きられないような人間を生み出した社会は、そんな腐った社会を見ても、いや、本物の地獄を見てもへらへら笑っていられるお前は、何の罪もないと言うのか!?
 人の世は地獄、地獄はもちろん地獄、そして極楽も地獄だと知った今、カンダタが取るべき道は一つしかなかった。
 帰ろう! 地獄へ! パースダーがいる所へ!
 池へと飛び込むカンダタを、お釈迦さまは驚いて捕まえようとしたが、一瞬の差で間に合わなかった。お釈迦さまの満面に張り付いた笑顔が、笑顔のまま凍り付いていた。

 ――――お釈迦さまは、蜘蛛の糸を垂らしている。相変わらず満面の笑顔だが、微妙に引きつっている。
 そしてその糸を、カンダタがよじ登ってくることは二度となかった。

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