小説

『無題』イワタツヨシ(『夢十夜』「第一夜」)

7
 その子の名前は、彼の大切な人の名前を貰い、ディアラと名付けた。女の子は信じられない早さで成長を遂げた。マルヨーケに顔のよく似た、それから少しだけダイラにも似ている女の子だった。
 やがて、ディアラは独り立ちしてユウと旅に出ることになった。
「世界を救うために」と、ディアラはマルヨーケに言う。
 世界では、戦争が長きに渡り続いている。
「世界を救うために未来へ行くのね」と、マルヨーケは言う。
「未来へは行かない」と、ディアラは答える。
「過去に戻るの?」と、マルヨーケは聞く。
 その飛行船は時空を超えて飛ぶが、過去には戻れない。だからディアラも首を傾げ、「でも、もし過去に戻れて世界を救えるならそうするかもしれない」と答える。
 そして、二人は別れた。

8
 あの夜、マルヨーケは、飛行船の墜落事故でダイラを見つけるよりも先に、別の女を見つけていた。
 見つけたとき、その女も重傷だった。マルヨーケは、女の手足や体に絡まっていたパラシュートの紐を解き、布を割いて出血していた傷口に当てた。脈打ちは浅く、辛うじて生きている、というように弱り切っていた。
 しかしマルヨーケが話しかけると女は答えた。女が何を喋っていたか、マルヨーケは鮮明に覚えている。けれどそのときは女の話を気にもしなかった。緊急を要して混乱し、冷静になろうと必死だった。
「あなたのことをよく知っている」と、その女はマルヨーケに言った。
 そのときは、マルヨーケは手を止めて彼女の顔を見たが、心当たりはなかった。
「ごめんなさい。私は覚えていない」
「そうね、だって、これから会うことになるから」女はそう言った。
「あなたを町まで運びたいけれど、私一人ではどうにもできないから、すぐに人を呼んでくる」
 すると女は、「この傍に飛行船が墜落してそこにもう一人怪我人がいるはずだから、先に彼のことを見つけて助けてほしい」と言う。
 とにかく、マルヨーケはそこからバラックまで戻って人を呼んで来なければならなかった。
 傍を離れるとき、女はマルヨーケを呼び止めて言った。
「もし、いつかあなたに子どもができて、その子どもが旅に出たいとあなたに話すことがあったなら、あなたはその子を止めないでほしい。その後の未来でその子どもにどういう運命が訪れるのか、あなたが知っていたとしても」
 それから、マルヨーケはバラックに向かい、人を連れてその場所に戻った。その途中で、墜落していた飛行船と怪我を負っていたダイラを見つけ、彼を町まで運ぶのを人に任せた。
 マルヨーケは初めのところに戻ったが、女はもう手遅れだった。

1 2 3 4 5