船着き場へと向かう私を母と、私の妻となった彼女が見送りの為に着いてきてくれていた。
「母さん、急な出発ですまないね。もっとゆっくりしたかったけど……」
「しょうがないわ。取引相手の事情もあるでしょうに」
母は穏やかに笑っていた。その背後で、妻も微笑んでいる。
船着き場へと向かう道中。前方から取り乱した様子で走ってくる男がいた。あのどら息子だ。
私達の前まで来ると矢継ぎ早に男は怒鳴った。
「俺の妻を知らないかっ!?」
「どうしたんだ? そんな慌てて……」
「一昨日から姿がないんだ! お前、何か知らないか!?」
「何かって……そういえば少し前に、お前さんの妻に会ったが……」
「何を喋った!?」
「大したことじゃない。“ここから南へと向かう砂漠の陸路は、容易な旅路ではない”と教えて上げただけさ。訊かれたからな」
そう私が言うと、男の顔が真っ赤になり激昂する。
「畜生! あの女! 何が何でも連れ戻してやる!!」
男はそう怒鳴ると、来た道を猛進する様に戻っていった。
その姿を見て、私は母と見合って肩を竦めるのだった。
この国から他国へと行くには海路か、南にある広大な砂漠を越えてゆくしかない。
大した用意もなく、あの死の砂漠を行くのは不可能だ。大抵に出国は船からとなる。
しかし船に乗るにも厳しい検閲がある。正式な手続きを通った手形がなければ乗せて貰えない。
ましてや女一人での乗船など、密航したとしても船から放り出されてしまうのが現実だ。手続き以前に、脱走は露呈してしまう。
そう、女ならば。
船着き場へと着いて、私は妻と見合うと静かに言った。
「……先に行くよ。私は向こうの国で待っている。兄達とゆっくりと後を追ってくるといい」
その私の言葉に妻は穏やかに頷いた。
表向きには私は妻を伴って、隣国へと仕事を兼ねた旅に行く名目になっていた。