「おいおい、悲観的に考えるなって。医者に洗脳されてどうするんだ。」
と野太い声がする。足下から聞こえた気がするのだが、もちろん誰もいない。
「今度は誰ですか?」
「ボクだよ。ベランダだ」
和人は頭を抱える。
(だって、ベランダだぞ。どうするんだ俺。医者には何と話せば…)
「ほら、また医者だ」
「だって俺、病気だよ」
「また病気に逃げ込むのか」
「確かに…『病は気から』というけれど。でもどうして、今日は俺に話しかけるんだ、みんな」
「今日は?」
と、ユニゾンでみんな。
「いつも話しかけてたのに」
と、ヒヨドリ。
「じれったいわね。教えてあげる。あの雷で、和人さんは本当の耳が聞こえるようになったのよ。」
と金の成る木が言う。
「本当の耳?」
「話せば長くなるから、とりあえず、私たちの言うことを聞いて。」
和人はみんなの言うことを聞くことにした。
和人は嬉しかったのだ。木や鳥やベランダは、和人に話しかけてくれた。何年、いや何十年ぶりだろう。
和人は今までの人生でいろいろな人に話しかけられた。けれども和人が話しかけられたのは、和人だからではなかった。
人は人に関わる手段として話しかけるが、その話しかけはその人に対してではなく、肩書きだったり、役目だったりに向けられる。
だから多鶴子はコントロールしたい夫の、百合子は甘やかしてほしい父の、F高校の生徒たちは不信感をぶつけたい大人代表の、父母たちは軽蔑を向けたり攻撃心を発散する相手の…。
まだあった。和人はよき聴き手であり、アドバイザーだった。だから同僚には人気があった。同僚は話しかけた。彼らは、自己正当化の言葉を引っ張り出す対象の、「和人」に話しかけてきたのだ。
でもこのみんなは、和人に話しかけてきてくれた。
(そうだ、俺は和人。ただの、そしてたった一人の和人だ。)
そう思って改めて立山を仰ぐ。
「やっぱり、すごい!」