小説

『薔薇のことば』三角重雄(『聞き耳頭巾』)

 と。それにしても、和人の心の蓋は開く気配がない。再び夢は考えた。
「閉じこめられた俺は、光を求めている。俺たちはいつだって明るいところに出たいのだ。どうすれば出られるか。そうだ、塊になろう。真っ暗という心の洞窟に、ただ閉じこめられてばかりいるのではなく、夢を押しつぶしたら塊となるんだということを思い知らせよう。俺を閉じこめるなら俺は、和人に、『閉じこめられるということはどういう気持ちか』を教える。他に己が日の目を見、生き延びる方法がないではないか」
 それは、夢にしてみれば命懸けの決心であり、行為だった。
 内心の不可思議な衝動というものに和人が苦しみだしたのは、三〇代半ばくらいからだった。どうも心の奥底に、少々やっかいな塊、自己嫌悪とか虚無感…、いや言葉では説明がつかない、真っ黒で重い塊があることに、和人は漸く気がついたのだった。
 紆余曲折があった。結果的に和人は、家に閉じこもった。
 夢を閉じこめたら自分が閉じこめられる。簡単なことだ。それはあまりに簡単すぎる因果の仕組みだったから、「そこそこ」できた和人には、かえってその仕組みが今まで分からなかったのだ。
 このままでは、和人も夢も共倒れだ。
 けれども、機というものはある。機が熟したのだ。そして、誰もがあまり意識しないけれど、法則というものも、やはりあるのだ。
 それは「波長の法則」というのか。いや、それが働く時には、現象的には「破調の法則」の様相を呈する。
 ついに、来たのだ。真っ黒な塊が呼んだ黒い雲、塊の本質である光が呼んだ光。つまり、雷!
 突然の落雷!
 和人は飛び上がった。
 近くだ。地響きがした。大音響とともにクローゼットが揺れたのだ。クローゼットの隙間から差し込む、強烈な光!
 和人が四つ足になったのはその時だ。恐怖で這い出して、和人は周囲を見渡した。
 誰もいない。見回しても誰もいるはずはない。当たり前だ。多鶴子は勤務校だし、由美子は長野のS大学だし。
 和人はカーテンを開けた。眩しい。天気はもう回復している。
「変だな」
 と、和人は思わず独り言をつぶやいた。
「変なのは和人さん」
 和人は、思わず辺りを見回した。
「俺は自分でしゃべって自分で答えたぞ」
「変な和人さん」
「ほら。……。あれ?」
 見回す。
「光を浴びたいわ…」
もう一度、部屋中を見回す。

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