小説

『海辺のボタン』もりまりこ(『月夜の浜辺』)

 どこかで落としてしまったんだ。あんなに大事にしていたはずなのに。

「ものってね、だいじにしすぎるとぜったいなくすんだから」
 いつだったか、なくしたペリドットのピアスを悔やんでいた栞はそんなことをじぶんに言い聞かせるように言っていた。
 ほんとうにただしいよ、まったくもって栞はただしい。

 商店街はもう閉じていたけれど、ふいに頭の上でびらびらと短冊みたいなものが、ぶらさがりながらゆれていた。
 近づくとその大きな札は、揺れ幅を大きくした。

<にぶんのいちあります>

 たったそれだけのことばが書いてあった。
 なんの? なんのにぶんのいちなんだろうって思いつつも、ふしぎなその短
 冊が、風も穏やかなのにあまりにもゆれているので、亮はそっと手を伸ばした。
 林檎を背伸びしてもぐ感じで、亮はそっとそれをはずすとコートのポケットに入れた。あの日、黙って栞がボタンをしのばせていたときのように。

<にぶんのいちあります>が、居心地悪そうに亮のコートのポケットの中で、あそんでいた。ふいにそのとき亮の背中の後ろのほうで秋の花火の音が響いた。耳の中に棲みついてしまいそうな音だった。
 そして亮は、かき乱される思いでなんとなくつぶやいた。
 黒田っ! おとしものしたよ。なんとなくおまえはいつもただしいよっ。

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