小説

『海辺のボタン』もりまりこ(『月夜の浜辺』)

 ゲームとなればなんでも真剣になりすぎて機嫌が悪くなるのがオチなので、栞には、この月夜の浜辺ツアーで、ちゃんとボタンをみつけてぜひとも一番になってほしいと思う。

 あの日、亮はどっちも波打ち際のボタンなんて見つけられないって思っていたのに、ファミレスに着いた途端、今日は亮ちゃんのおごりだからね、って事も無げに言ってのけた。

 そんなルールだったっけ? 栞だってみつけてないじゃん。そりゃメシぐらいおごるけど。
 どうしてそういうこというかな? 秩序は守って。あたしは勝負ごとに関しては引き寄せ体質になるって知ってるでしょ。
 そうまくしたてると、誇らしげに栞はジーンズの後ろポケットから丸いものを差し出した。
 それってもしかして、ボタン? うそ?
 うそじゃない! 
 海辺のボタン? だよね。チューヤのあの詩のまんまじゃん。
 ほら。
 ほらって栞が言うからそれは、ほらすごいでしょのほらかなって思ったら、それはほらあげるよの、ほらだった。
 だって戦利品だろ? 
 せんりひんって大げさな。あたしは亮ちゃんに勝ったからそれでいいの。

 というようなことで亮は、栞のちいさなてのひらからそれを受け取った。
 受け取ってから半年もしないうちに栞は亡くなった。
 唯一、形見分けのように持ち歩いているのが海辺のボタンだった。

 そんな遊びからもう2年にもなるのかと思う。
 久しぶりに江の島に来てみようと、亮は思った。亮の黒いジャケットのポケットの中で、水シボ模様のついた黒い変哲のないボタンがさっきから歩く速度に合わせて右や左にゆれている。 
 あの時と同じ江の島。たぶんこれはまだ傷口に塩をすりこむような行為だと知っていたけど、来てみた。栞がしゃがんで必死にボタンを探していた時の姿が、すぐそばに浮かんでくる。
 亮が砂浜に埋められている携帯をみつけたのは、海の家がひとつずつ畳まれてしまった秋だった。
 陽も暮れた砂浜がささやかに光っていることに気づいた。栞の3回忌を終えて、少し酔っているせいなのか潮風に吹かれていると身体がぼんやりと疲れているのがわかった。

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