小説

『あなたが猫だったとき、あたしは』もりまりこ(『猫とねずみのともぐらし』)

 俺のずっと先祖だって、ネコババ系だし。
 食べ物がなくなる冬のために、おいしい油を壺に入れて教会の祭壇の棚の下に隠しておいたのに。ひいひいひいひいじいさんが、冬を迎える前にそこを訪れて、すこしずつちびちびと舐めている間に、たくわえがなくなってしまったって、そんな話はね聞いてたんだよ。
 そんとき、じいさんと一緒にくらしていたのがねずみでさ。
 むかしはね、猫とねずみは仲が良かったって。でもその一件でねずみに責められて仲たがいしてからは、姿をみると追いかけたくなるらしいよ。

 あたしはそんな話ははじめて聞いたけれど。猫田に追いかけられた時、なぜかわからないけれど。逃げている瞬間、背中がぞくっときた。小走りになりながら、自分の意思と反してぞくぞくっとした。たぶんそのときのあたしの背中のみずたまもようは、ぶるっとふるえていたかもしれない。
 追われる身と追う身の性なのだ。
 追いかけたい猫田と、追いかけられたいあたしは、永遠のつがいかもしれないなって思ってみたりする。

 ある日、猫田が言った。ちいさなドアを作りたいって。
 あやまちをおかした日から、猫田はからだがどんどんちいさくなっているように見えた。
 ふたりでちいさなドアを作った。
 俺がすきだったヨーコさんっていうゴッドマザーが教えてくれたの。
 いちどだけ、俺はニューヨークで暮らしていたことがあってね。
 そのとき、教わったんだ。

「出入りするちいさなドアをつくりなさい。そしたら出入りするたびに、屈むでしょ。それであなたのちいささを気づかせてくれるから。じぶんのサイズを知りなさいってこと。あたしもあなたもみんなもね」って。

 猫田はドアをいまのじぶんの身体よりもすこし小さく作った。
 作ったドアから出入りするたびに、猫田の身体は日に日にちいさくなった。
 あたしはただただ不安になっていた。 

 猫田の部屋にあったグリム童話「猫とねずみのともぐらし」。
 ぼろぼろになったページのあちこちにはうっすらと、涙の跡もあった。

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