小説

『あなたが猫だったとき、あたしは』もりまりこ(『猫とねずみのともぐらし』)

 あと3か月の間に何度か、班長会で顔を合わさなければいけないのに、あたしはマウスですからなんて告白できるはずもない。
 その時猫田があたしを察したのか、いい匂いしてますね。お腹空いてるなって自問しつつもあたしの横顔をちらっと見ながら言った。
 あたしはチーズの匂いに負けて、猫田とふたりしてピザステーションに入った。テーブルについて、猫田はメニューを見ながらなににします? 
 って聞いてきたと思ったら、やっぱり3種のチーズピッツァとかお好きなんじゃないですか? ってあたしの返事を待っていた。
 なんで知ってんの? おそろしく中毒のようにチーズが好きなことを。
 あたしがマウスだって。肌のみずたまが身体の外側に浮き出てしまっているのかと、なにげなくセーターのお腹のあたりを見まわした。
 そんなものはなかったから、安心したけど。ぬかってはいけない。
 それから他愛もない話をして、あたしがびっくりしたのはテーブルに置かれたオリーブオイルのちいさい壜を、リキュールグラスに注ぐと猫田はごくごくと飲み始めたことだった。そして飲み干したあと、すこしだけ舌の先で唇の端を舐めた。
 猫? あなたもしかして猫? 
って言いたいのをぐっとこらえて、あたしはその一連の動作を見なかったことにしようと思った。
 そう思いながらも、このブルーチーズたまらないって習性に負けてしまってあたしは愛しの糸引くチーズを猫田の眼をぬすんで堪能していた。

 ふたりの出自のひみつをうちあけるまで時間はかからなかった。

 むかしむかし、おれは猫で。きみはマウス。

 人生そうやってめぐりめぐって出会えるようになってるんだってそんなことを言う。
 ふたりで暮らしはじめてほどなくして猫田は町内会費のほとんどを横領した。
 横領が発覚しそうになったときの猫田は、地獄に落ちてしまった人がもがきくるしみながら、這い上がって来た人のように色のない表情をしていた。
 近所では猫田がネコババったって噂になり。
 それでもどういうふうに罪を償えばいいのかわからずに、猫田は自首もできずに夜中こっそりと町内会館に侵入して、金庫のなかにアンダルシア地方でできた高級オリーブオイルを、1ダースばかり入れて置くという懺悔の形しかとれなかった。
 ふたりはよなよな引っ越した。
 ある日、ぽつりとつぶやいた。

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