小説

『過ぎし日の想い』紫水晶【「20」にまつわる物語】

 カネシロ ルリ。五歳。
 母親の出産の為、母方の実家にしばらく預けられる事になったらしい。
 ただでさえも学級崩壊寸前の我がクラスに、これ以上負担を強いるなんて、園長先生は一体何を考えているのだろうか。
 ああ、もう嫌だ。辞めてやる。絶対に。

「……ということで、皆さん仲良くして下さいね」
「はーい」
「じゃ、ルリちゃん、みんなにご挨拶しよっか」
「……」
「ルリちゃん?」
「……」
「なんだ、コイツ? 喋れねーの?」
「なんか人形みてー」
「気持ちわりー」
「はい! みんな静かに! 恥ずかしいんだよね、ルリちゃん。じゃあ、席は……。コウ君の隣だから。よろしくね、コウ君」
「ええーっ! やだよ! だってコイツ、気持ち悪いもん」
 コウが大袈裟に仰け反り、それに呼応してクラス全員が騒ぎ出した。
 騒ぎは次第に大きくなり、やがてそれは「にーんぎょう! にーんぎょう!」という大合唱となった。
「いい加減にしなさいっ!」
 私の怒号が、園内に響き渡った。

 次の日から、ルリへの嫌がらせが始まった。
 色白で、おかっぱ頭のルリは、まさに日本人形のようで、男児たちは専らその外見をからかった。加えて、一言も発せず、無表情で一点を見つめているその姿は、なんとも薄気味が悪く、いつしか「呪いの人形」とまで言われるようになった。
 僅か数日でルリは孤立するようになり、彼女に積極的に近づく者はいなくなった。
 私は、なんとか彼女を皆の輪の中に入れようと努めてみたが、徒労に終わった。というか、無駄な労力を使うことをやめた。つまりは、諦めたのだ。所詮、未熟な保育士一人の力で、どうにかなるような問題ではないのだ。
 どうせ来週にはいなくなる。それまでの辛抱だ。そう自分に言い聞かせると、私は、形だけでも彼女に目を掛けている振りをして過ごした。

1 2 3 4 5 6 7