小説

『20時20分のこと』室市雅則【「20」にまつわる物語】

 男は漫然とながら繰り返す自身の生活リズムの中で気が付くことがあった。
 就寝前に居間である和室の雨戸を閉めるのだが、それがいつも『20時20分』なのだ。
 居間は通りの街灯がぼんやりと鈍く入り込んでいる。他の光源といえば、何十年と置かれ続け、今でも時を刻んでいるデジタル時計のみなのでで、自ずと目がそこに行った。すると、いつもその時間なのだ。
 その時計は秒数も表示されており、流石に『20時20分20秒』という三つが揃った瞬間を目撃することは滅多になかったが『20時20分』から『20時21分』になるまでの60秒間のいずれかで雨戸を閉めているのだった。
 男は、その雨戸は翌日に再び開けるのだから、ずっと閉めたままでも良かったし、逆に開けっ放しでも良いと思うこともあった。だが、前者だと自分と外、つまり世間との間にある(実際はそんなものはないけれど)戸も閉ざされたままになってしまうように思えて嫌だった。また、後者は内と外がずっと地続きのような感覚がして、それも居心地が悪かった。だから、メリハリをつける為にも開閉をした。朝、開けた時に室内に入り込む空気は気持ち良かったし、夜、閉めると眠りへのスイッチが入るような気がした。
 そして、時間のことに気が付いてからが逆にぎこちなくなってしまうと言うか、囚われてしまって、その時間に雨戸を閉めないと一日が締まらない気がした。だから、早めに飲食を終えた時にはその時間まで待ったし、逆にゆっくりとしてしまった場合には、晩酌を中断してでもオンタイムに作業を実行した。一日のピリオドを打つ儀式となっていた。

 さらに数日後、もう一つ気が付いた。
『20時20分』、彼が雨戸を閉める時にいつも庭の向こうの道を女性が通過するのだ。
 庭といっても猫の額ほどで、ほんの五メートルほど先をその女性は歩いている。
 その女性は、雨戸のスライドに合わせるかのように歩き、完全に閉じる間際に一歩、雨戸を追い越すので、その一瞬だけ横顔が視界に入る。歳は三十前後で、横顔しか見えないがおそらく美人だと思う。どこかで見たことがある気がするが思い出せない。近所の住人に思い当たる者はいない。この辺りは昔ながらの戸建ばかりだし、住人は減りはせども増えた様子もない。
 では、彼女は誰なのだろう。
 そんな疑問が浮かんだことに男は笑った。彼女が誰であろうと自分の人生には関係がないではないか。ただ自分の好みの雰囲気だから、親近感を覚えて気にしたのかもしれない。
 男が雨戸に手を掛けると女性のハイヒールの音が聞こえる。彼女と自分のリズムが、ここまで頻繁に重なり合うものだから、勝手に運命的なものを感じた。もしかしたら今まで誰とも縁がなかったのは、この為で彼女が自分の素敵な人なのかとさえ思い始めた。『20時20分』がますます楽しみになっていた。

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