小説

『Mirror』小林央(『桃太郎』)

重々しいドアが目の前で閉まった瞬間、お面のように張り付けていた笑顔が剥がれ落ちるのを感じた。
「ぱぱ、どこいったのー?」
「お仕事だよ」
ただそれはとても危険なお仕事で。
もしかしたら、もうここに帰ってこないかもしれないことは口が裂けても言えなかった。
どうしてあの人が行かなければならないんだろう。
私たちはただいつもと変わらない日常を。
ありふれた普通の一日を送りたいだけなのに。
ふいに、昨晩風呂上りの彼と交わした会話が頭の中に蘇ってくる。

『桃太郎の一団が、島に近づいてるんだってさ。お偉いさん方は厳戒態勢を固めてる』
『沖に出た仲間も、もう何人かやられてるみたいで。いよいよ、俺にも召集がかかったよ』
『……ごめんな』

「ままー?」
息子の声にハッと我に返る。
「……きっと大丈夫だから」
彼と同じ、額からひとつだけ小さく飛び出した角をそっと撫でる。
人間が。
桃太郎が。
私たちの日常を奪いにやってくる。

1 2