小説

『ユア・アイズ』もりまりこ【「20」にまつわる物語】

 こわいって? こわないと思うけど、映ちゃんがショック受けるとあかんから。
 彼女とかいるん? あ、既婚者?
 知らんけどさ。プライベートのことは。そんなんとちゃうんやと思うけど。
 なによ? よくわからん。
 ただ、むっかしの大阪の雑踏で撮ったってことだけ教えとくわ。
 大阪? いまはむかしだね。あ、じゃ死んじゃってるひと?
 なんでそういう発想すんの? 社長が大阪で亡くなりはったからか?
 大阪って聞いたら瞬間的に死んでんのかなそのひとって思った。チチが大阪で死んだこととなんかあんのかな? 深層心理のなかでは。ようわからんわ。じぶんのあたまんなかは。
俺も、よくわからへん。被写体のその後はね。
あ、玄ちゃん。いま嘘ついたやろう。
なんで?
知らんの? 玄ちゃんうそつくときいっつもジーパンの膝のあたりこする
やん。今もしてはったで、そういう仕草。

 玄はいっつもこういうふうにはぐらかす。
 映の死んだ父親が、小中高生の記念写真などを撮るフォトスタジオを経営していて、そこの助手をしていたのが、玄だった。
 だから、父が死んでからは兄みたいな感じで、映は時々なごんでる。

 映は大阪の雑踏って聞いて、小さい頃道頓堀と御堂筋から千日前の雑踏のなかを歩いたときのことをかすかに思い出す。

 雑踏ってどこでブレスしていいかわからへんから、こわない?

 玄に話しかけたけど、返事はなかった。作業に集中しているのかもしれない。かつて住んでいた大阪の街を時折思い出すけど、記憶はあやふやだ。
 ただ雑踏はキタでもミナミでも、大阪らしかったなって思う。
 小さい頃はうまく雑踏を縫ってゆくことができなくて、よく人とぶつかっていた。ひたすら、ひとのからだのあちこちを分け入りながら、小走りになったりして、歩いていたときのからだや足に感じるリズムがなつかしい。
 歩く速度はその時の気持ちや状況や誰といっしょにいるかなどで、変わってゆくものだけれども。もともと持っている独自のリズムみたいなものってあるんだなって映はときどき思ってみたりする。

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