小説

『永遠に』ウダ・タマキ【「20」にまつわる物語】

 何とも愛くるしい顔をして眠るミーを胸に抱き、そっと、さっき出会った青年のことを打ち明ける。ミーは目を覚ましてニコリと笑いながら私の目を見つめ「良かったね」と、意地悪く笑う。私はミーにも紹介してあげようとするが「私はいいよ」と人見知りのミーは首を横に振るのだった。
「大変、そろそろ仕事に行かないと」と、呟きながら着替えの衣類を探してみるがセーターが見つからない。良いことがあった日は、どうしてもお気に入りの紫色のタートルネックを着て出掛けたい。
 頭を悩ませていると、ちょうど部屋の前を中年の女性が通ったので声をかけてみたけれど「いま、忙しいから後にして下さい」と、不機嫌そうな顔をして通り過ぎて行く。なんと冷たい人なのかと、ミーに愚痴を言おうとしたけれど、彼女もまたそっぽ向いて寝てしまっている。
「みんな揃って私のことをバカにして!」と、怒りがこみ上げてきたが、少し気分転換に散歩でもしようと出掛けてみる。すると「スミレさん、どこへ行くの?」まるで子供扱いするように、今度は中年の男性が話しかけてきた。「今日はお仕事に行けなくなったから、少し母親の様子を見に行こうかと思いましてね」と告げ、男性の前を通り過ぎようとすると「今からおやつにしますけど、いかがですか?」と、私のことを誘惑する。「私のタイプではありませんから」思わず口に出た言葉に、申し訳ないと感じたが「まあ、そう言わずに」と、なかなか押しが強く、根負けした訳ではないけど仕方なくご一緒することにした。こうゆうタイプは、引けば引くほど押してくることを私は熟知しているから。
 あれだけ誘っておいて日本茶とおかき数枚とは、私も安く見られたものだと少し気分が悪くなるが、この男性が女性慣れしていないのだと哀れみ、気持ちを落ち着かせた。
 向こうの方にあの青年の姿が見えた。私は周囲に気付かれぬよう、こっそり手招きすると笑顔でやって来てくれる。「スミレさん、どうしました?」「私、退屈だから何処か連れてってちょうだいな。お食事でもご馳走するから」「ほんとですか、嬉しいな。じゃあ、何処へ行くか考えときますね」青年は照れながら言う。私達は二人だけの秘密の約束を交わした。それまでに新しい洋服を買わないといけない、と期待に胸が躍る。
 暗澹とした日々に、一筋の光が射し込んだような気持ちになる。しかし、買い物に行くお金があったかしら、と気になりタンスの一番上、ハンカチの間に隠しているヘソクリを確認しに部屋へ戻った。
 ベッドの上では相変わらずミーが気持ち良さそうに眠っているので、起こさないようにゆっくりと摺り足でタンスの引き出しを開ける。「あらっ」と、思わず声が出たのも無理がない。お金が見当たらないのだ。お金どころか、ハンカチや肌着までもが無くなっている。こんな物まで盗むとは、怒りを通り越して呆れてしまう。とにかく、警察に通報しないと大変。部屋中を見回しても電話が見当たらないので、公衆電話からかけようと外へ向かう。すると、今度は中年の女性が行く手を阻む。「スミちゃん、どこ行くの?」まるで、私の母親のような口ぶりで尋ねてくる。「どこでもいいでしょ、ちょっとお出掛け」「お出掛けって、外は雨よ」「そんな子供騙しな嘘ついて!」「ホントよ。じゃあ、こっち来て」中年の女性は、私の手を繋いで何処かへ導く。「ほらね」窓にはいくつもの水滴が競うかのように流れている。私は雨が嫌いではない。「今日は雨ね、雨の日は蛙が唄うからいいね」中年の女性は「ハハッ」と笑い「じゃあ、またね」と、手を挙げて去って行った。思っていたほど悪い人じゃないみたい。

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