小説

『アラウンド・ミッドナイト』もりまりこ(『文鳥』)

 いやいやおまえのことは喰わないって。それは心配しなくても大丈夫だから。安心してな。
 腕を組んで窓の外を見上げる。
 空には星が瞬いている。あの星はなもなき星なのか。なまえはあるのか。
 星はだれにも名をよばれることはないかもしれない点では、俺とおんなじだなって思っていたら、冷えてきたせいか眠くなってうたたねした

 夜がまだまだ明けないなって思いながら見たつかのま、夢をみていた。
 俺はだれかにパパと呼ばれて。あまりにちいさなちいさすぎるいのちのかたまりを抱き上げていた。
 パパ、パパ。
 わからない生きている誰かの頬がやわらかくて、あたたかい。
 そう思った瞬間、目が覚めた。

 気が付くと文鳥は俺の手の近くまでやってきて見上げていた。
 おまえ、カゴから逃げてきたの? どうやって?
 カゴの入り口が少し開いていた。たぶんアワを入れてやった時に俺が閉じるのを忘れていたんだろう。
 首を左右にふって俺を見上げている。
 どうしてなのかわからないが、その時俺は文鳥を、そっと手の甲に乗せた。
 そして掌をひらくと、やつを両手でつつんでいた。
 掌のなかの文鳥は、あたたかかった。生き物の体温が手のひらから俺の腕を通って、首筋あたりに着地するようなふしぎな鳥肌がたった。
 つつまれたままあらがうこともない文鳥は、そこが居場所だという感じで、俺の掌のかたちにゆだねられている。
 飼いますか。これもなにかのご縁でしょうから。そう呟くと、文鳥は少し羽根をふくらませて、鳴いた。
 チチっ。チチっ。

 ふと俺はその声を聞きながら笑った。
 俺の望みはパパと呼ばれてみたいだったことを思い出して。
 おまえは俺とあってからずっと、チチってなくよな。お前は俺の望みをかなえようとしてたのか? 
 チチってのはわかったから、いつかパパって鳴いてみな。

 ゴンドラはようやく地上に降りてゆこうとしているのがわかった。
 夜明け前の星は、一段と明るく光りながらひとつだけ瞬いていた。
 長い一日を終えた気分でゴンドラを降りる。

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