小説

『アラウンド・ミッドナイト』もりまりこ(『文鳥』)

 箱の隅をごそごそやって、新しいアワをエサ箱に入れてやる。止まり木の端にいた文鳥は横歩きして、つつつとやってきてチチっと鳴いて、エサをついばむ。黙って見守る。そろそろ地上に降りようとした時、そのゴンドラはふたたび巡ることが、あたりまえのようにふりだしにもどって動き出した。
 なんで? 降りないの?
 遠い向かいで揺れてるゴンドラの中にいる人々はそれがあたりまえのようになにも感じていないように平然とじゃれていた。
 俺は意を決して、備え付けの電話で係員に訊ねるために受話器をあげた。
「どうされましたか?」
「あの、ゴンドラに乗っているものなんですがまだ止まらないんでしょうか?」
「ええ。そうですね。今日は特別のオールナイトアラウンドの日なんですよ」
「オールナイト?」
「えぇそうなんです。深夜5時までお楽しみ頂けますよ。どうぞゆっくりお寛ぎください。座席の後ろには毛布など防寒具が用意してありますので。もし、ご気分がお悪い時はおっしゃってください。緊急停車いたしますので。なんなりとお申し付けください。あとご不明な点などございませんか?」
「・・・ありません」
 俺はつくづくクジ運がずれてるわって思った。
 オールナイトってよりによって、なんでなんだよ。思わず声にしたら文鳥がチチって鳴いた。見ると首をかしげてる。
 眼をあわせて、今日はそういう日なんだって、と俺は文鳥に告げる。
 おまえ、なまえとかないの?
 チチっ。
 なまえないのと、なまえよばれないのとどっちがひげきかね?
チチっ。チチっ。
 どうみてもおまえのほうが、幸せそうにみえるんだよな。
 何も聞こえないので、かごの中の文鳥をみたら俺の会話に聞き飽きたのか、もう俺とは眼をあわせていなかった。止まり木の端までいつのまにか移動して、こっちに背中を向けていた。
 どうするよ。朝の5時だよ。お腹空いたんだよな。
 チチっ。文鳥は羽根をいちどばたつかせて、止まり木であばれた。
 俺のことばがわかるみたいに、そんなふうにふるまった。

1 2 3 4 5 6 7