小説

『アラウンド・ミッドナイト』もりまりこ(『文鳥』)

 くちばしは淡い朱色で、頬には白い紋。背中は仄かに青い。頭と尾はまっくろだった。
 首を左右に傾げながら、俺を見上げてる。
 飼わないからな。期待はするなって。次の不運なだれかが飼ってくれるかもしれない。たぶんそうやってこの文鳥は今日いちにち置き去りにされたままだったんだろう。
 その点には同情するけど。にんげんがみんなやさしいなんて思わないほうが、身の為だと思う。
 ただ、理不尽な縁みたいなものは感じていて。ゴンドラが地上に降りるまでは面倒みてやろうという気持ちに駆られた。理由はわからない。
 喉が渇いていそうだったので、持っていたミネラルウォーターを少しわけてあげた。
 鳥かごの中の水を入れる容器にくちばしをつけると、ちびちびと飲みだした。
 ・・・かわいい。みしらぬだれかが置いていった文鳥をうっかりかわいいと、不覚にもかわいいと思いそうになっていて、かぶりをふった。
 外箱の隅には、たっぷり1か月はあるんじゃないかっていうぐらいのエサが袋入りでそこにあった。
 わすれものがありましたよ。わすれものがあるんですけど。あの、だれかが置いていったわすれものが、めのまえにあるんですけど。
 俺は係員に電話するときのことばをどうすればいいか、ひとり練習していた。
 係員にひとこという。ひとこといえばすむじゃないかと思いつつ、どのパターンでいけばよいか、声にしていた。

 ふと向かいのゴンドラが目に入る。なにかしらないがふたりで大笑いしている。肩をたたきあって笑って。女は眼尻の涙をぬぐう仕草。隣の男がすっとハンカチのようなものを差し出して。ハンカチを男に返すときに、ふたりがぼんやりとした灯りの下で重なった。どうでもいいようなものを見てしまって、俺は視線を目の前の文鳥に移した。その時の感情はすこしあたらしかった。
 生き物があんなにわずらわしかったはずなのに、そのときの文鳥の眼差しがどこかしら俺を頼っているような感じにみえた。錯覚だろうけど。あまりにもはじめての感覚だった。誰かに頼られたなんてこと、なかった人生だったから。動揺した。

 ゴンドラをみるともうすぐ地上に降りそうになっていた。ひとめぐりしたのだと安堵するように、名前のない文鳥を見ていた。
 エサ箱を確認する。たっぷりアワが入っていると思ったらそれは食べた後の、アワのやわらかい殻だけだったことを知った。息を吹きかけるとふうっと殻だけがあたりに散ってゆく。

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