「強そうな先生だったのにね」
「うつ病になったって、お姉ちゃん言ってた」
「そういえば、2組のいじめっ子も、12月に転校した」
「学校辞めさせられたのかな」
みんなの一瞬の沈黙に、不運にも僕の独り言が重なる。
「盛者必衰の理をあらわす」
集まっていた10名以上のクラスメイトの視線が、僕に注がれる。次に口を開いたのは、趙とはライバル関係にある、これまた優等生の金子だった。彼女が趙に勝てない理由は、逆上がりができないことと、上に兄姉がいないという権力の問題だとか違うとか。
「強い人、偉そうな人は、いずれ落ちる」
「落ちる?」
「天罰が下って、地獄の底に」
かなり違うんじゃないか。それは金子の趙に対する個人的な嫉妬だろ。そう思ったが、僕の長い解釈など誰も聞きたくないのは分かっていたから、黙っていた。
「…トイレの平田さんも?」
「トイレの平田さん、そんな嫌な奴だっけ?」
「オレ、廊下走ってて何回も怒られた」
「トイレの平田さんの病気って、…ヤバいやつなんじゃね?」
「不治の病?」
「もう死んでたりして」
「流血は、トイレの平田さんの祟りだよ」
そんなことを言っている間に、5限目が始まる鐘が鳴る。貴重な昼休みを、僕たちはトイレの平田さんを勝手に殺して終わらせてしまった。
「なにしてるの?」
階段を上ってきた担任が、厳しい口調で言った。
「早く座りなさい」
道徳の退屈な授業中、僕は死んでしまった平田さんの戒名を考えた。無意識にノートの端に「入道前太政大臣平朝臣清盛公」と書いて、あ、これ違うや。と急いで消しゴムで消した。
僕たちはその週、トイレ掃除を続けた。
連休明けに、トイレの平田さんは戻ってきた。いつものジャージ、いつもの黒い長靴、いつもの厚いゴム手袋、いつものメガネで。
「ト…、平田さん」