小説

『キャンドル20』もりまりこ【「20」にまつわる物語】

 これはふたごゆえの遠感現象なのかもしれない。

 更紗は気がつよかったけれど。やさしいところもあった。にせだとしても、誕生日だからひとつでもなにかいいことをしたかったのかもしれない。
 助けられた老婦人は、かすり傷だけで済んだと聞かされた。
「たまにいいことすると、こうなるんだよね」
 更紗の声が、すぐそばで聞こえるような気がする。

 更紗が眠っている。眠っている姿をこんなにまじまじと見たことはなかったけれど。あの20年前も、こんなふうに教会の入り口のカゴの中で眠っていたのだろうか。
 ひどくおだやかで、しずかで。
「更紗、今日の俺たちのラッキーナンバーは20なんだろう。ちゃんとハッピーバースデイしてやるから。な、更紗が20で俺も20でふたりたしたら40だよ。どうするよ」
 そう言うと、「兄にぃ、やっぱバカだね」って囁かれた気がして、ふと更紗の顔を見た。こころなしか口角が上がっていた。更紗が笑ったすぐあとにする癖だった。そしてさっきから握っていた更紗の指がかすかに俺の指を握り返す。

 兄が妹の手をつないで、ひかりの渦のなかへ。小さい頃見たその写真は、捨てられた教会の壁に飾ってあったものだった。
 更紗には内緒だったけど時折そこを訪れることがあった。おわりのはじまりのような最悪な場所のはずなのに、行くと落ち着いた。
 俺はひそかにあの写真の中に想像の中でもうひとりちいさな兄を足していた。じぶんが更紗のたったひとりの兄じゃなくてもうひとり俺にも兄がいてくれたらって小さい頃から思っていたことをいま思いめぐらす。
 なにかとてつもなく不安なことがあっても、兄といっしょに手をつないで。3人いればこわくないって思っていたあの頃。
 みじかい足でいっぽずつ、いっぽずつ。今、あの写真にすがってるじぶんに気が付いた、そのせつな。

 更紗と俺の手の中で握りしめている色とりどりの20本のロウソクが、ふたりの体温のせいか、溶けてしまいそうに熱くなっているのが、わかった。 

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