小説

『キャンドル20』もりまりこ【「20」にまつわる物語】

 更紗が眠っている。たくさんの器具に囲まれて。
「兄にぃ、今日のラッキーナンバー20だって」
 ループのように、妹の声と仕草が頭の中で繰り返されて、いっそのこと時間が後戻りしてゆけばいいのにと思う。
 ほんとうの世界はすこしずつずれていて、ここに存在していること。
 ずれはずれのままに。元のあるべき場所にいたはずのところに何か別のものが、はじめからそこにいたかのように居続けていたとしても、ずれたままに、受け入れろと。そんな世界にまぎれこんだかのようだ。

 妹が10歳の時だった。
「兄にぃも、10歳。で、あたしも10歳だから、たしたらふたりで20歳だね。もうおとなだね」ってふふってのけぞりながら笑った。
 そんな妹の言葉を養母は笑ってくれたらいいものの。更紗ちゃんは10歳でお兄ちゃんのくろすちゃんも10歳なのよ。あなたたちはべつべつの10歳なの。ふたごだからってふたりでひとつじゃないのよ」
 つまんない人って俺も思ったけど、更紗は感情を抑えられないタイプだったので、養母に向かって長いベロを見せてささやかに抵抗していた。
 養母はふたりでひとつじゃないのよって言ったけど。どこかで俺と更紗はふたりでひとつだと思っている節があった。
 それが証拠に俺も10歳になったその朝、マグカップの中のミルクを飲み干しながら、ちゃんと足し算して「ぼくと妹、ふたりで20歳だな」って思っていたから。

 今日、かじりかけのパンを残したまま更紗が家を出て、俺があいつのコーヒーカップをシンクに下げて、液晶テレビのスイッチを切ろうとした時、誕生日ケーキのロウソクが20本立ってるCМが映っていた。
 ラッキーナンバー20だろう。いくら鳥あたまの俺でもそれぐらいは覚えてるっちゅうのって呟きながら、ガスの元栓締めてエアコンのスイッチ消して、鍵しめて家を出た。空は昨日の雨のせいなのか、澄み渡っていた。
 いつもと変わらない1日だった。
 それが1時間もしないうちに、曇天へと変わってしまった。俺と更紗ふたりの空だけが。

 事故で遅れているらしい電車をホームで待っている時、胸騒ぎがした。
 おそろしく背中に痛みが走って、すこししゃがんだ。息も苦しくなって、額から汗が、ホームのきたない床の目地に落ちた。
 いつか更紗が、高校の体育の授業でサッカーのゴールポストにしたたか頭を打ちつけて、救急車に運び込まれた時も、今と同じ痛みを授業の途中で感じた。
 その感じはいつだって、更紗に何かが起こったんだという第六感のようなもので。とにかくこの痛みは、そっくりそのまま更紗の痛みだとしか思えなくなって、胸がたちまちざわついた。

1 2 3