小説

『あの家、この髪』大澤匡平【「20」にまつわる物語】

これを人間は平和と呼び、人形は人間と呼ぶ。
それだけの夜なのに、私の引き出しにはない感情が溢れてきている。
ビジネスホテルについた若者2人の漠然な不安をよそにチェックインは瞬く間に終わり、後は機械が処理をしてくれた。エレベーターにのって7階へ、やることも話す事もないからマットの隅が剥がれかけてる理由なんてのを探した。非常灯が照らす細い通路を何度か曲がり701号室の角部屋へ。
壁には意味を持たない夕日の絵画、椅子は派手目の赤色。エアコンは故障して弱と強しかない。あとは、ベッドが2つ並んでいる。
窒息しそうな緊張から逃げるように、そそくさと夜中のディスカウントストアへ。
購買意欲を混乱させるハウスミュージックを体にぶつけられ、さほど興味のない栗やらさつまいもやら似たようなお菓子だけを籠に捨ててゆく。
「ゆうさん、何か他に買います?」
口のなかで味がした。懐かしい“かどたゆう”と“私”が久しぶりに再会する。そんな懐かしさが何故だか欲を更に鋭く、致死率をあげようと丸みを消す。
「私さ、バリカン買う。」
手を引き止める人形を引き離し、栗菓子の上にバリカンとショートカットのウィッグを投げた。

701号室に戻り、私はすぐさま暖房も手も届かぬ浴室へ入って国をつくる。
トイレの上に買ったばかりのバリカンとウィッグ、足元にはホテルのチラシ、洗面台にはお気に入りの曲が流れる携帯。それでいい。
何故だか固く締められたバリカンのパッケージを力づくで開ければ、バリカンがチラシの上に落っこちていく。
しゃがんだ私は、洗面台の水道管にこびり付くカビと黄ばむ汚れを見つけ“見えないことをいいことに”なんて嫌われる言葉さえ今では私の味方。
鏡に生きる背を伸ばしたショートカットが似合う私にしばしの別れを告げ、刃で裂いた髪を堕としていく。重りを外していくうちに浮いてしまいそうな足を指のわずかな力でチラシを噛む。
数分後、鏡に映ったのは思想の無い坊主だった。
私の人形へ挨拶をすると、貧相な笑顔で。
「それがしたかったんですね。」
物足りぬ言葉に、してしまった後悔とやってやった高揚感が混ざる。
坊主にウィッグを置けば、人形の完成。
1つのベッドは荷物置きにして、私たちは眠った。ベッド脇のテーブルにはハーフサイズのティッシュ。
目をつむり、開けるまで。濱田の携帯は目を鬱陶しく照らし、私のは行方不明。
聞き慣れぬホテルのアラームをいつの間にか止めて、馴染みのある不快なアラームで起きた。

濱田の腰から手を離して、歩きやすい近道に入り、ヤモリをかわし、たどりついた門田さんの家。

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