小説

『王子がステキと限らない』檀上翔(『シンデレラ』)

「ということは、パン屋の子に靴を渡すってこと?」
「その通り。」
「けど、わたしはどうするの?牢屋に入れられるわ。」
 ライアンはぐっとつばを飲み込み、間をあける。
「俺と一緒にこの国を出よう。ちょうど一週間後の君の誕生日に。少しだけどお金もたまったし、鍛冶の腕もついた。新しい土地で俺と一緒にやっていかないか?」
 プロポーズだった。シンデレラは幸せに包まれた。ライアンはやさしく未来のフィアンセを優しく抱きしめた。

 シンデレラは次の早朝、麻袋を右手に持ち、パン屋に向かった。いつもの朝と同じ賑やかで活気のある一日のはじまりのなか、シンデレラだけが低い体温だった。
 パン屋に近づくとあの娘が店頭でパンを売っている。笑顔だが、いつもよりも陰りがあるようにも見える。
「あっ。」娘はシンデレラに気が付くと、声を上げて、気まずそうな顔をした。シンデレラもどう切り出していいかわからず、とりあえずいつも買っているフランスパンを三本注文した。シンデレラはパンを受け取ると引き換えに、娘の顔を見ないようにして、お金と麻袋を娘に押し付けるように手渡した。うつむいたまま、その場から立ち去った。
 シンデレラはその日を早く打つ鼓動に苦しめられながら過ごしたが、なにも起こらなかった。次の日も、その次の日も、パン屋の娘がガラスの靴を返しに来ることもなく、シンデレラは次第に落ち着きを取り戻していった。

 
 明日が約束の日。二十歳の誕生日。そして、人生で最も素敵になるはずの日。
シンデレラは夕食の買い物を終え、岐路に向かう途中生まれ育った街に柔らかいまなざしを送った。お母様がいたころの幸せな時間、義母さまとお義姉さまが来てからの辛い時間。様々な感情が溢れてくるけれど、いまは浸っている時間はない。明日の用意をしなくては。
「おや、シンデレラ、どこにいっていたんだい。心配してたんだよ。今日はわたしが料理を作ったから、おたべ。残り物だからたいしたものではないけど。」
 家に帰ると、義母が撫で声でシンデレラを迎えた。シンデレラは買ってきたリンゴと卵を落としてしまったけれど、義母は「ほら、気を付けないと。」と、優しい声をかけ、松葉杖をついている義姉たちに雑巾で拭くように指示した。
 シンデレラは訳が分からずに、うろたえていると、机の上で蝋燭の黄金色の光を湛えているものが目に飛び込んだ。ガラスの靴だ。なんでここにあるの?シンデレラは飛び上がりそうになる。
「皇太子様に見初められたのが私の可愛いシンデレラだったなんて。どうして言ってくれなかったんだい。水臭いじゃないの。」
 めまいがシンデレラを襲い、床にひざまずく。

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