小説

『拝啓 佐伯先輩殿』戸上右亮

 なんなんだ、この状況。
 そんな僕らの気持ちを知ってか知らずか、先輩は意味もなく舌打ちして足元の泉に唾を足し、まだ半分以上ある煙草を指で弾き飛ばす。そして気怠そうに立ち上がると、横に停めていた南国の昆虫のような形状のバイクにまたがり、泥だらけのスターターを乱暴にキックした。
「おぅ、わ(ブゴロロン)なお前ら来週ま(ブォンゴロンゴゴン)にか(ゴゴンゴゴロゴン)きねーとか(ブロゴゴゴフンゴフン)んなゴルァ!」
 改造したマフラーから放たれる強烈な騒音にかき消され、何を言っているのかほとんど聞き取れなかったが、「まだまだ暑い日が続くけど、夜は意外に冷えるから寝冷えには気をつけろよー」などと優しい言葉をかけてくれているはずもないので、最早どうでもよかった。
 ブォンブォンブゴゴン、ブゴゴン、ブゴゴン。
 先輩のバイクがサイトウから遠ざかってゆく音が、晩夏の夕焼け空に高くこだまする。
 僕らはただ、黙ってそれを聞いていた。

 この話に、短編小説らしいオチはない。なぜならこれは、実話だからである。
 結局僕らは二万円を一週間でどうにか工面し、ダルマ代として先輩に支払った。そんな大金を中学生だった僕らがどのように工面したのか、その具体的な方法についてここで触れるのは避けておこう。私のSNS等が炎上する恐れがあるからだ。
 あれから月日は流れ、僕らはそれぞれの道を歩んでいる。オガやタキの顔を最後に見たのがいつなのかも、正直もう思い出すことができない。
 そして佐伯先輩の居所も、今では誰にもわからない。結婚して農家の婿養子になったとか、車のカスタムパーツを作る会社を立ち上げたとか、九州でパチスロの営業をしているだとか、いい加減な噂はいくらでもあるが、地元の友人も誰ひとり正確には知らない。
 賢明な読者諸君はもうお察しであろう。私がこの話をここに投稿した目的、それは居所のうつかめない佐伯先輩に連絡をさせて頂くために他ならない。
 つまり本作品の本題は、ここからなのである。

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