小説

『チクタク誰かにチクタクと』もりまりこ

 包んでもらうとき、髪を切った代償よりも贈り物できることの幸福感で気がおかしくなりそうだった。貧しい人間もそれなりにものが買えることの至福感といえばいいだろうか。

 それにしても、いつにもましてクリスマスまでどれくらい節約しただろう。
 生活費も食費も雑貨もコミコミで5万弱でやっている。たぶん治夢だってそんなことばかり気にして仕事してるだろう。工場ではいっつも君の代わりはいくらでもいる、やがて君みたいな仕事はAIに取って代わられるかもしれないからせいぜい、今のうち精を出して頑張んなさいって言われるらしい。それを聞かされた時、あんただって同じでしょ。真っ先にAIとかに十八番を奪われるよって言い返せばいいじゃんって思うけど、そんなことしてほんとうに治夢がクビになったりしたら、ふたり霞を食っていかなければならないから寺子もじっと言わないように我慢した。
 寺子はいつも治夢のことばかり考えていて、このままゆくといつか治夢そのものになってしまいそうでこわかった。けれど、世間は世知辛くいつか亭主なんて死んでしまえばいいって思ってる人たちが、パートさんの主婦とかにも、結構いるから、それに比べれば貧しい夫婦なんてなんのそのって思ってしまう。

 ついにクリスマスがやって来た。その日の夜。ガチャガチャって鍵を廻す音がする。とんとんって少しすり足みたい歩き方で短い廊下を歩いて、治夢は遅くに帰って来た。
 治夢は相変わらず、細身ですっきりしたスタイルを維持していた。紺のVネックのセーターに灰色のチノパンがよく似合っていた。もしかしたら、服の上から見える筋肉は、半年前より15パーセント増しぐらいになっていそうだった。
 寺子の顔を見て、びっくりしている。
 びっくりした証に治夢は若干後ずさった。それはきっとこの髪型のせいだと思った。へっぷばーんが突然街のサロンで髪の毛を切った時よりも、ずっと短かかったから、びっくりしたに違いない。

「あの、どなた様でしょうか」
 治夢は言った。寺子は空耳かと思った。工場暮らしで社交を覚え慣れない冗談を言うようにでもなったのかな?
「寺子のお友達の方ですか?」
「治夢、あなた冗談覚えてきたの?」
「いや、真剣な話をわたしはしています。確かにここは僕の家ですが、僕はあなたのことを知らない。寺子のサプライズか何かにあなたが加担してるとか?」
「友達? ってわたしが寺子! 治夢、この髪のこと気に入らないの? 切ったのよ昨日。あなたにクリスマスプレゼントをあげたくて。この髪のことをあなたがとても好きなこと知っていたけど。お金に換えたの、それが気にいらないの?」
 治夢はおののくような目をして寺子を、射貫く視線で捉えた後一言、言った。
「警察呼びますよ」

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