小説

『チクタク誰かにチクタクと』もりまりこ

 治夢は住み込みでプラスチックカゴの工場に働きに行っているからだ。
 半年は会えないけど、クリスマスには久しぶりの再会が待っている。
 治夢は、もうわたしの顔なんか忘れてしまっていないかな? とか冗談みたいなことを思ってみるのがすこし楽しい。
 
 今日はクリスマス・イブだというのにお財布の中がさびしくて。さびしいのはわかっていたけど。日常がさびしいことよりよりによってクリスマスがさびしいのは2人ともいやだったから、寺子はなにか贈り物をしようと思って、お金をつくることにした。

 クリスマスの当日。首のうしろがすーすーする。
 耳にかける髪もないくらいに髪を短くしたことを朝起きた時にきがついた。
 髪を切ったイブの日。鏡に映るじぶんを見て、少し懐かしく時間が後戻りしたような感じがふいにした。
 まだあの頃は父も母も寺子のことに期待をかけていた日々。
 近頃、栄養不足のせいか近眼がすすんでうすぼんやりしているけれど、確かにむかしはこんな髪型だった。
 いつも短い髪で、赤いランドセル背負ってバス停までの坂道をのぼったりくだったりしていたことなんか、すっかり忘れていた。
 今回は、治夢の為に髪を切ったのだ。
 ヘアサロン<シザーハンズ>では、唯一切った髪を買ってくれる。
 ただ予算までがなかなかで、もう少しもう少しと言っているうちにこんなに短くなってしまった。ここはカツラを拵えるために売り髪もやっていた。
 寺子はじぶんの髪を切ってそれをなけなしのお金に換えて、夫の治夢にクリスマスプレゼントを買おうと思っていた。

 治夢には時計をあげたかった。
 時計は治夢のお父さんが亡くなってから形見としてもらったものだったけど。
 貧しい暮らしの中で、売らなければいけないことがあってさっさと<金属買います>っていうちらしの店で売ってしまったことを寺子は気づいていた。
 だって治夢はいつからか、寺子と話す時腕を後ろ手にして話すことが多かったから。すごく不自然だったから寺子はすぐに気づいた。
 歩いて歩いて歩き倒した時、古着屋さんでうれしくなるぐらいカジュアルな価格の極薄の時計があった。肌馴染みのよい薄さがかっこよかった。グレーのマーブル模様のついた文字盤やリューズはなんの変哲もないけれど、フレームのデカさが気に入った。治夢の手首にうってつけだと思った。

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