小説

『←2020』西荻麦

 誰かがカップ麺の棚を漁った形跡がある。自分一人だけが生き残ったという衝撃よりも、ほかに誰かがいて私の食糧をさらっているという事実のほうが、絶望的で胸をかきむしられる思いだった。
 朝の眠気覚まし、昼休憩、サービス残業の帰り道。一日三回通うコンビニは、私だけのものだと信じていたのに、過去への手紙らしき文面は騒がしくなる一方である。そのくせ、まだ誰とも顔を合わさないのは幸か不幸か微妙なところだった。
 しかしもし対面したら、真っ先にこう文句を言ってやりたい。君には計画性というものはないのか? と。
 私が上から耳にタコができるほど言われてきた注意だ。私だってスケジュールどおりに回していきたい。評判の手帳を買って、人気のアプリを使って、分刻みの予定を管理している。押してしまうのは、いつも上の都合じゃないか。
 二〇二〇年の夏は一大イベントで世界中が熱くなるはずだった。数ある施設のうちの一つ、娯楽関係の運営を担うことは重責であるが勲章でもあった。経済を、外交を、この手で転がしているような感覚があった。たとえ、財源の無駄、安全の崩壊、予定の杜撰を揶揄する声が日々炎上していてもだ。
 壮大な計画が実現するまで、あと数日。そんなときに人類は消えた。あまりにも忽然と消えた。もしかして私のほうが消えたんじゃないか、などとSF的な発想さえ、頭の中をよぎった。
 実は皆、地下帝国でも築き上げていて、私だけが地上に残された。実は皆、宇宙に避難していて、私だけが地球に残された。どれだけ想像をめぐらせても、結局自分のほうが置いてけぼりにされたという結論は変わらない。そのうち、ミサイルや放射能、紫外線や黄砂、ありとあらゆるものが空から降ってきて、私だけがそれを浴びるんじゃないか。
未来的だな、と遠目に見ていた攻撃は、現在にきちんと寄りそっていた。たまたま表面化しなかっただけだ。兆候はあったのかもしれない。けれど、私はここ七年くらい、ずっとそういう面倒な事柄に蓋をしてきたのだ。いつかの厄介な手紙だって、緑色の瓶の中にもう一度閉じこめた。
 サラダスパの賞味期限を確認する。もうすぐその日付を通り過ぎて、恐らく二週間。そろそろ限界か、と見切りをつけて私は今日の食糧を決める。長く生き延びるためには、食糧の確保が第一だ。カップ麺なんか余裕で三年はもつだろう。そこから手をつけている輩は馬鹿なのだろうか。
 スパゲティは絡まったまま強張って、一本ずつほどこうとしてもフォークは麺全体を持ち上げてしまう。固まりにかぶりつく。美味しいとか不味いとか、そういった基準は一切必要ない。
 食事はすぐに済んでしまう。私はそもそも早食いなのだ。世界中を巻きこんで行うイベントに携わるには、時間がいくらあっても足りない。食欲、性欲、睡眠欲の順に削っていった。
 外の空気を吸いに、駐車場へ出る。夜があたりを包みこみはじめて、街灯のない世界では星がきれいにまたたいている。
 深呼吸と同時に、誰かが書いた手紙が再び視界に入る。小さな文字、丸まった文字、雑な文字。
【きれいごとばっか言ってる場合じゃねえぞ】
 何か大きなことを成し遂げるには、きれいごとを並べる必要があるんだよ、若造。

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