小説

『20人格』佐藤邦彦

「実在としては以前飼っていた猫が思い当たるのですね」
「その通りです」
「分かりました。続けて下さい」
「次はリシャールという人格ですが、二重人格だそうです」
「二重人格ですか?」
「えぇ。そうです。普段は気さくでとてもおおらかな性格だそうですが、それが時によっては豹変して、猜疑心の塊で嫌味ばかり言う人格となるそうです」
「それは別人格なのでは?」
「いえ、名前を確認したのは勿論、彼特有の仕草である右手の人差し指で左のコメカミをポリポリと掻く仕草や口調が一致しているので間違いなく同一の人格だそうです」
「20人格の中の二重人格ですか…。まっ、解離性障害というよりは、俗な意味での二重人格ですね。実在の人物で思い当たる人物はおりますか?」
「えぇ。子供時代から青年期まで付き合いの合った友人を表していると思います。いや、彼が二重人格だった訳ではなく、少年時代の彼と青年時代の彼では別人ではないかと思うくらい豹変してしまい、私には大分ショックでしたもので。それが原因で彼とは自然と疎遠になりました」
「成程。承知しました。私にもその様な人物は幾人か心当たりがあります。続けて下さい」
「次はバルテルという人格ですが、この人格は常に私の事を気に掛けてくれている様で、誰に会っている時でも、最新の私の情報を知りたがり、私に何か問題があったりすると本気で心配し的確なアドバイスもしてくれます。先日も私が大切な書類を失くして困っている時に本棚の裏側を探すよう妻を通してアドバイスしてくれ、おかげで無事書類も見つかったのです」
「あなたを良く知っているのですか?」
「先方はその様です」
「思い当たる人物はいらっしゃいますか?」
「えぇ。私が子供の頃から寝る時に思い浮かべる架空の頼もしい人物だと思います。就寝の時は常に彼の事を思い浮かべる様にしています。悩みがあっても解決策を一緒に考えてくれたり、私の欲している言葉で励ましたり、共感してくれたりするので穏やかな気持ちで睡眠に入っていけます。就寝儀式として毎日彼と対話しています。多分彼だと思います」
「あなたの空想上の人物なのですね。分かりました。続けて下さい」
「最後は医者、あなたと今話している第一人格の私です。名前はタック。年齢は38歳。職業は樵。妻は2歳年上の40歳で子供はいません。夫婦仲は私の忍耐により、それなりに良好。趣味は映画鑑賞。血液型はB型。性格は自分では良く分かりませんが、周りからは子供っぽいと言われます」
「ちょっと待って下さい。今、最後と言われましたが、それだと19人格にしかならないのでは?」
「医者、それは念の為の質問ですか?それとも形式上でしょうか?医者が気付いてないはずはないと思いますが」

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