虫眼鏡を受け取り、もう一度写真の中の絵を見た。額縁の中には、もうひとり白髪の男性と、彼に寄り添うように和装の若い女性が描かれていた。絵の中の男性は、写真に写っている白髪の老紳士にどことなく似ていた。
「ああ、この写真に写っている白髪の男性と、絵に描かれている男性がご兄弟なんですね」
女性は目を閉じて、静かに頷いた。
「という事は、着物の女性が、この方の恋人という事ですか。ずいぶんと歳の離れたカップルですね」
「彼女だけ、歳をとらなかったから」
女性は、まるで体温を感じさせない声で言った。
「歳をとらなかった?」
「祖父の兄は、その女性に恋をしました」
「この絵の女性に?」
「そう。その押し絵の中の女性に」
「ああ、これ、押し絵なんですか」
僕はもう一度、写真の中の、額縁の中の絵を虫眼鏡で覗き込んだ。歪んだ円に縁取られた老紳士と和装の若い女性は、押し絵と言われれば押し絵に見えない事はないが、ポラロイドカメラで撮影された粒子の粗い写真では判別出来そうにない。
「祖父の兄と、その恋人はまるで生きているかのようでした。いえ、ふたりは・・・・・・」
「きっと腕のいい職人によって、精巧に作られていたんですね」
女性は俯きがちに、焦点がどこに合っているのか分からない目で、僕の顔を見つめていた。
「違うんです」
「違う?」
何が、違うのだろう?と言う、僕の心を読み取ったかのように、
「その押し絵の中の老人は、祖父の兄自身で、押し絵の隣に座るのは、私の祖父自身なんです」と、女性が答えた。
「どういう、意味ですか?」
僕は疑問をそのまま口にしていた。
「きっと、あなたなら分かって下さると思います」
「はあ・・・・・・」
「祖父の兄は、その押し絵の中の少女に恋をしました」
二次元の少女に恋をする。それは、どの時代でも、どんな年代の人にも起こりうる事なのかと、その時の僕は妙な納得の仕方をしていた。