黒いワンピースの女性は、嫣然と微笑みながら、太腿の上に置かれたポラロイドカメラに触れた。カメラを見つめる眼差しと、細く長い指の動きは、愛猫にでも触れているかのように優しげだった。月明かりのような白い肌に、月映えのする黒く艶やかな長い髪の女性と、古いＳＦ映画に出てきそうな一つ目のロボットを想起させる灰色のポラロイドカメラは、奇妙なバランスで目の前に存在していた。
「素敵なカメラですね」
「祖父が東欧のアンティークマーケットで手に入れたものなんです」
女性がカメラを差し出したので、僕は写真立てを隣の座席に置き、カメラを受け取った。レトロな空気を纏った、不思議な力を感じさせるカメラだった。僕は無意識に、向かいに座る女性にレンズを向け、ファインダーを覗き込んだ。
「いけません！止めてください！」
女性はほとんどひったくるような勢いで、僕からカメラを取り上げた。
「すみません」
僕は慌てて頭を下げ、謝った。
「いえ、こちらこそ、すみません」
「勝手に写真を撮るなんて、失礼ですよね。本当にすみませんでした」
「いえ、そういう事ではないんです･･････」
僕は申し訳ない気持ちと、居た堪れない気持ちが合わさり、席を立とうと思ったが、写真立てが気になり、もう一度手に取った。
「写っているのは、祖父と、祖父の兄と、その恋人です」
僕は女性の顔をちらりと見て、写真立てへと視線を移した。どこか既視感のある写真だった。そこに写っていたのは、列車の座席に座る双眼鏡を手にした白髪の老紳士と、その隣に置かれた額縁のような物だけだった。
「ひとりしか、写っていないようですが･･････」
女性は口元に笑みを浮かべ、頷いた。
「その額縁の中の絵を、よくご覧になって下さい」
「絵？」
僕は写真の中の額縁の中に目を凝らす。額縁の中には、二人の男女が描かれていた。
「うわっ」
突然、その二人が巨大化し、視界いっぱいに広がり、僕はのけぞってしまう。
「どうぞ、お使い下さい」
顔を上げると、女性が掌くらいの大きさのレンズを持った虫眼鏡を、写真立てに翳していた。
「ど、どうも･･････」