小説

『人形寺』武原正幸(『人形の墓』)

妻が大きくため息をついた。私もほっとした心地だった。
 それほど長く待つことなく、再び部屋へ入る。
 尼僧が座り、その前に弥生の人形が置かれていた。
「加那さんとお話ししました。この子が、あなた方家族を助けようとしたのに、お父様が聞き入れて下さらなかったのは、残念です。」
 淡々とした口調で続ける。
「弥生さんには、やはりひどい不幸が取りついているようです。これはもう、前世からの因縁で、取り除くことはできませんーーが、移すことはできます」
「やっぱり、わたしのせいでーー」
「移すって、どこにーー」 
 弥生と私は、同時に声を上げていた。
 尼僧は手を上げて話をさえぎると、私と弥生、二人の顔を交互に見つめて頷いた。
「まず初めに、ご家族が亡くなったのはあなたのせいではありません。人にはどうすることもできない定めです。その定めに従ってご家族は亡くなりました。それで定めは消えーーますがーー不幸は残ります。ご家族が次々亡くなって、あなたの身の上には大変な不幸が積み重なっています。これまで、この子が何とか守ってきましたが、もう限界です。そこで  」
 一拍置いて、続ける。
「加那さんに不幸を移します」
「え?」
「いや、それはーー」
「加那さんは了解しています。それに、これしか方法はありません。このままだと、いずれ弥生さんも死ぬことになります」
 その言葉に、私は黙るしかなかった。
「かなは、どうなるんですか?」と、弥生がか細い声で尋ねた。
「不幸を背負うことになります。この子が抱えきれない不幸が飛び出さないように、お墓に入ることになります」
「そんな……」
「もともと、そのつもりだったのですよ。あなたのお父様が、この子の言う事を聞いていれば、少なくともお父様と妹さんの命は助かったんですーー今更、言っても詮無い事ですが」
 弥生は、黙って俯いてしまった。
「移すのは、どうやるんですか?」
 私のその問いかけに、尼僧は人形を弥生の前に置いた。
「弥生さん、立ってくれますかーー畳は叩かないようにね」

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