小説

『人形寺』武原正幸(『人形の墓』)

「そうか……」
 私は、また妻と顔を見合わせた。
「すぐに追い出したりはしないーーだが、今少し考えさせてくれ」
 そう言うのがやっとだった。
 弥生が部屋を出た後、妻と私は話し合った。妻の親戚筋に、祈祷とかお祓いとかに詳しい人がいるとの事で、相談することになった。

 後日、その方より連絡があり、人形寺と呼ばれるあるお寺を紹介された。町はずれの深い山の中腹にあり、女性の守り神を祭っている。市松人形や雛人形といった人形の供養も行っているらしい。
私たち夫婦二人と、かなを抱えた弥生とで、そのお寺を尋ねた。
長い山道を登り、山門をくぐると、思いのほかこじんまりとしたお寺が見えてきた。見習いらしき少女に来意を伝え、本堂に通された私たちを出迎えたのは、意外にもまだ年若い尼僧だった。色白で目鼻立ちがはっきりしており、背筋をぴんと伸ばした立ち居振る舞いが、その高い品格を感じさせた。
「お話は、ある程度は伺っておりますが、もう一度詳しくお聞かせ願えますか?」
 尼僧のその言葉に、私がーー時折、弥生に確認しながらーー説明した。
 話が終わると、少し考え込んだ後、尼僧は立ち上がった。
「どうぞ、こちらへーー」
 導かれるままに連れて行かれた部屋は、壁一面人形だらけだった。本来は二十畳ぐらいの広さはあるのだろうが、数百体、いや数千体に及ぶ人形に埋め尽くされ、真ん中に六畳ほどの隙間が残るだけだった。見上げると、天井からも無数の人形たちがこちらを見下ろしておりーーどのようにしたものか、恐らくは梁の間に何本もの縄を渡し、それに結び付けてあるのであろうと思われた。
幾分薄暗い照明の中に浮かび上がる、人形の顔、顔、顔ーー着物の赤と朱色と、人形の顔の白と、髪の黒……鮮烈な色彩の渦と無数の人形の視線に、私は目眩を覚えた。この部屋が何か巨大な物の怪の胎内で、そこに取り込まれてしまった心地がした。
「この子に話を聞いてみます。外でお待ちください」
 部屋の雰囲気にすっかり呑まれていたのか、私は、その言葉を少しも不思議とは感じなかった。
 弥生は少し躊躇ったが、尼僧に人形を渡した。
 部屋を出る。

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