わてらの部屋から、廊下つたいにまいりますと、お園の部屋がおます。縁側から外を眺めると、侘助がションボリと二つ三つ咲いておりました。まだ寒い時期でおました。
「お園、わてや。おかあはんも、ほら、ここにおるで」
そろーっと引き戸を開けますと、昔のままの女子らしい部屋です。経机が一つ、そしてその隣に赤い布をかけてある小さな鏡台が一つ。それから箪笥が一つ。それらがおとなしゅうに収まっておりました。
「なんや、お前。夢でも見てたんか。誰もおらんやないか」
「そやかて、さいぜん、あの箪笥の向こう側に、きれいに髪を結ったお園が立っておりましたんやで。それでな、なあ聞いてはりますか?」
「・・・・・・・・」
「お園か。久しぶりやな。なんや、何か話したいことでもあるんか?すまんかったな。満足に見舞いにも行ってやれんで。さぞ心残りやったやろな」
「お園、わたいが嫁入りを急がしたばかりに。堪忍してや。さぞ心細かったやろ」
「そやで。おまえが急かしたさかいや。はよ嫁に出さんと行き遅れるとか、世間体がどうのとか、悪い虫がつくやとか。しょうもないことばっかり言いよって。そんなもん、どうでもよかったわい」
「そんなこと言うたかて。なんや、おまえさまかって、わたいに賛成しはったやないですか。ええ話やから早よ縁談進めよとかなんとか言いましたやろ。もういつでもわてが悪もんになりますのやさかい。もうしらん」
「やかましい。もう、泣くな、阿呆。そうや、あの生臭が悪い。そや、生臭が全部悪いんや。ああもう、こんなとこで夫婦喧嘩もないやろ。ほれみい、お園が困っとるで」
「ほんまやな。なあ、お園。どないしたんや。なんや。何を言いに来たんや。お園?」
なんぼわてらが話しかけても、お園は何も言いまへん。ただ、何とのう悲しそうでもあり。やはり、何かをわてらに伝えたかったんでっしゃろな。しばらくの間、じーっとわてらの方を見つめてたかと思うたら、やがてスーっと箪笥の後ろの方に吸い込まれるように消えて行きました。
「お園、お園。え、もう行ってしまうんか。なあ、お園」
女房が取り乱すのをどうにかなだめてからも、しばらく二人してぼんやりとその場にへたりこんでおりました。不思議に怖いとか恐ろしいとか、そういう気持ちは起こりまへなんだ。むしろ、何とも懐かしゅうて、愛しゅうて。
「なあ、お園」
わては、姿が見えなくなったお園に話しかけておりました。