さすがに女房は、しばらくの間物が喉に通らんようでしたが。それでも、やがて、ボツボツと好きなものを口にできるようになり、気がついたら、以前のような、何でも食べるおなごに戻っておりました。
「なあ、おまえさま」
ある日女房がぽつんと話し始めましてな。
「覚えてはりますか?お園がまだこんまかったときのこと。あの子、赤いべべがえろう気に入ってましたわなあ」
「ああ、覚えてるで。赤地にピンクで牡丹の花の、あの着物やろ。あれを着てたお園、可愛らしかったなあ」
「ほんまですなあ。そやけどなあ、あまえさま。いつまでもめそめそしてたらあきまへん。そんなことしても、お園は生き返らしまへんよって。お園かって、行くとこにも行かれしまへん。成仏でけしまへんえ」
「ああ、わかっとるわい。お前に言われえでもな、そんなこと。わかっとるわい・・・それはそうと、あの着物はどないしたんや。まだあるんか?」
「へえ、お園の部屋のどこぞにおまっしゃろな。押し入れのどこぞにでも、しもうてあるはずですわ。ちょっと見てきまひょ」
宵もかなりふけておりまして、表はもう漆黒の闇。遠くの方から野良犬が吠えている声が聞こえておりましたな。女房と二人の、なんとも侘しい夕餉を頂いておりました時でおました。
女房は茶碗と箸を膳に置くと、どっこいしょと立ち上がり、お園の部屋を見に行きました。それからほどなくして、何やら慌ただしい足音が聞こえてきました。
「おまえさま!お、お、おまえさま~!!ちょっと、お、お、お・・・」
「なんや騒々しい」
「お園が、お、お、お園だっせ」
「お園がどないしたんや。おい、落ち着かんかい」
「そやかて、これがどうして落ち着けますかいな。びっくりしたらあきまへんで」
「そやからなんや、はよ言わんかいな」
「あの、お、お、お園がおりましたんや」
「あほぬかせ!お園がおったやと!おまえ、言うに事欠いて、なんちゅうことを!」
「そやかて、わたい、この目で見たんだっせ。嘘や思うたら、いっぺん見てきておくれやすな」
「よし、わかった。わてがこの目で確かめて来たるわい」
「ちょっと待って。わたいも行きますよって」
「ああ、行くで」
「へえ」
さてそれから、わてらは手を取りおうて、お園の部屋へとまいりましたんや。あのお園がひょっとして生き返ったのか。そんなアホみたいなことを考えるのも親の愚。愚かと知りながら、たとえ幽霊でもええから、愛しい我が子にもう一度会いたい。そんな思いもあって、急ぎ足であの娘の部屋に向かいましたんや。