小説

『お園』阿礼麻亜(『葬られた秘密』)

「そうか。それはありがたいこっちゃな」
「へえ。そやけど・・・」
「そやけど、なんや?」
「あんなあ、おとうはん。もしなあ、もしも、うちに何かありましたらなあ」
「あほ、なにを縁起でもないことを言うてんねん」
「そやから、もし、言うてます。なあ、そのときは、遠くからでかましまへん。後に置いていく息子の洋一郎のこと、よろしゅう見守ってやっておくれやす。うちやと思うて・・・」
「あほやな、この子は。ああ、わかった。わかったから、もう話すな」
「へえ、おおきに。それから・・・生臭のおっちゃん呼んできて・・・」
「え?なんや?今なんていうたんや?」
 今思うたら、少しお園の様子が妙でした。何かを話したそうにしてましたんやけど、何せ義理の両親やら亭主やら番頭さんやらが、出たり入ったりしてましたし。気も使いますわな。そうこうしてましたら、お園、ちょっと疲れたんでっしゃろ。急に苦しそうに咳きこみましてな。
「お園、大丈夫か。しっかりせんかい。すんまへん。だれぞ医者よんできてくれまへんやろか。はよう、すんまへん。よろしゅうたのんます。おい、お園。お園。聞こえるか。おとうはんやで。しっかりせんかい」

 親より先に逝ってしまうやなんて、これ以上の親不孝がありまっしゃろか。なんちゅうこっちゃ。あっけなすぎまっせ。
 お園は、お医者はんの治療も、旦那はんやらの手厚い看護の甲斐もなく、あっという間に旅立ってしまいました。後に残された一人息子がほんまに哀れで、哀れで。まだ幼い子供でっさかい、事態がのみ込めまへん。お園が息を引き取った時も、そばから離れまへん。
「おかあちゃん、いつまで寝てんの。しんどいんか?そんなら、こうやって一緒に寝てよな。な、おかあちゃん。どこぞ痛いのか?さすったろか。」
 まだぬくもりの残っておったお園の布団の中に入ろうとしましてな。わてら、もうこらえきれずに声を上げて泣きました。
 野辺送りの道すがら、何もかもが上の空で。お園の子供の頃の、なんとも愛らしい笑顔を思い出すたびに、切のうて切のうて、涙が止まりまへんだした。

 時間はすべての悲しみを癒してくれるんやそうですな。そんなもん、うそですわ。日に日に悲しゅうて、切のうて。娘を恋しゅう思う気持ちは、どんどん膨らんでいきます。しかし、人間というものは罪深いもんだすなあ。どんなに悲しゅうても、辛うても、腹は減ります。辛いと言いながらも、毎日おまんまを食べずにはおれへんのです。  

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10