小説

『ひとひらの恋』和織(『桜の森の満開の下』)

「だからぁ、バランスがいいってことを言ってんの」
「わかったわかった」
 彼がいてくれてよかったなと、僕は思った。正直、雪のそういう部分に対して、ずっとどうしたらいいのかわからなかった。だけど、今の太宇の言葉を聞いて、なんだか吹っ切れた。ただ向き合っていけばいいのだと、そう感じることができた。
「ありがとう」
 自然と、そう言葉が出た。太宇は、意外そうな顔をして、ちょっとうれしそうに頷いた。

 
 アルバイトの面接の後、雪からメールが来た。殺人アーチが満開、とのお知らせだった。僕は急いで向かった。久しぶりという訳でもなかったけれど、メールを見たら、なんだか無性に会いたくなった。
 雪はアーチの中に立っていた。たくさん人がいたけれど、すぐに見つけられた。風が吹いて、花を散らしていた。その風景が、初めて彼女を見たときのことを思い出させた。雪は僕を見つけると、笑顔を作った。見たことのない笑顔だった。なんとなく不安になった。彼女は、疲れているように見えた。知らない人みたいに感じた。ただ、風が止まったと錯覚するくらい、綺麗だった。僕は捕まえようとするみたいに、彼女に駆け寄った。
「なんか、スモークサーモンみたいな色だね」
 夕日を受けてオレンジに光る桜を見て、僕は言った。
「修さ、個性はあるけど、センスはないよね」
「そう?」
 僕らはしばらく、アーチの中をフラフラと歩きながら桜を眺めた。そんなに長く桜へ目を向けたのは、初めてのことだった。僕には、花見をしたいという欲求はない。桜はいつ見ても綺麗だ。それは、過去に見てわかっている。もう知っている。それなのに、毎年まじまじと眺めるというのは、あまり有意義だとは思えない。でもこのときは不思議なことに、彼女と、来年またここで桜を見たいと思った。
「ここで初めて雪を見た」
「え?」
「入学式の日に、ここで雪を見た。花びらの竜巻が起こってて、その中に雪がいて、なんか、桜から生まれたみたいだった」
 その綺麗な思い出をなぞりながら、僕は言った。その記憶を、人生の最後に思い返すんじゃないかって予想すらしてる。僕は、あのときからずっと彼女のことが好きだった。
「あのときからずっと、雪が好きだった」
 桜に向かって、言葉に出してみた。でも、雪は黙っていた。そちらへ目をやると、俯いていて顔が見えなかった。
「ごめん、なんか俺気持ち悪かった?」

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