小説

『ひとひらの恋』和織(『桜の森の満開の下』)

「またそっちから行くの?」
 別れようとすると、太宇がそう言った。
「だって今日どこも寄らないだろう?向こうから行ったら遠回りだもん」
 僕はすでに殺人アーチへ足を向けていた。太宇は僕があそこを通るといつも嫌そうにするけれど、僕が使っている駅は殺人アーチの向こうにある。ただ単に、帰り道だからしょうがないのだ。通っただけで死ぬなんて、彼自身まさか本気で思ってる訳じゃないだろうに。それにまだ真冬で、桜だって咲いていない。
「別にいいけどさぁ・・・」
「じゃあね」
 太宇はしぶしぶという顔で手を振った。全然意味がわからない。第一、不必要に怖がって余計な心配をしたり無駄に怯えたりすれば、悪いことを引き寄せるのは当然だ。それにいちいち呪いという名をつけるのであれば、必然的に、自分で自分を呪っているという状況になってしまう。
 太宇は高校に入って一番初めにできた友達だ。クラスもずっと同じなので、今も一番仲がいい。というか、彼が僕と仲良くしてくれて、人の輪の中へ引っ張ってくれている、という感じだ。太宇は、僕が「心臓が止まるのは綺麗だ」と言ったとき、「病気だと思われるから、自分以外にその話はするな」と言った。そんなアドバイスができるなんて、と、僕はそのとき彼をとても大人だと感じた。だから余計に、太宇が殺人アーチを気味悪がっているのが不思議だ。
「キラー?」
 呼ばれて振り返ると、同じクラスの真岡雪がいた。
「やっぱりそうだ。ここ通るの、私かキラーくらいだよね」
 僕にキラーというあだ名が付いたのは、名字が吉良で、顔がいつも真顔で人殺しみたいだから、だ。あだ名なのに、長くなっているところに無駄を感じる。それに、内面がわかりやすく表情に出るタイプなら、自分の気持ちも伝わりやすくていいのに、と、今、猛烈にそう感じている。
「真岡も、ここ通るの何か言われる?」
「いやぁ、もうさすがに、そういうの平気な奴だって皆に思われてるからね」
「俺がここ通るの、太宇は未だに嫌そうな顔するんだよ」
「なんか太宇は、キラーのお母さんみたいだよね」
 そう言いながら、真岡は僕との距離を詰めてくる。殆ど、肩が触れている状態。だから、声もぐっと近くなった。
「でもさ、きっと、怖がるのが普通なんだよ。平均的な感覚」
「そう、なんだろうね」
「だけど自分にとって何でもないことを気味悪がられるのって、なんか面倒臭いし、戸惑うよね」
「ああ、そうそう。戸惑う」

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