小説

『ひとひらの恋』和織(『桜の森の満開の下』)

「信じないというよりは・・・・まず、人を殺しても、綺麗なものは綺麗だ。それは、行為とは別のことでしょ。ただ、あんな綺麗なものが、呪われてるとか、人を殺すとか、やっぱり、あんまり思いたくないってことかな。まぁ、本当に人を殺してたら、好きにはなれないだろうけど」
 そう言うと、真岡はしばらく僕をじっと見つめた。僕は訳がわからず、ただ彼女の視線を受け止めていた。その目に、涙が浮かんだように見えた瞬間、彼女は目を逸らして、また窓の外へ顔を向けた。
「次は誰が死ぬんだろうね」
 彼女は言った。僕は、なぜそんなことを言うのか、と、訊き返せなかった。それまでに感じた、色を持ったいろいろなことが、セメントの中に落ちてしまったように、どうしようもなくなった。そしてそこに落ちてしまったものを、僕はどうしても拾い上げてやることができなかった。拾い上げることができないまま、それでも彼女が好きだった。ずっと好きだった。卒業してもずっと一緒にいたいという気持ちは変わらなかった。桃色に灰色が重なっていると知りながら、それでもその時間が欲しかった。

 
 僕は志望の大学に受かった。受かるように準備をしていたので、当然の結果と言える。皆バラバラになるのだなぁと思ったけれど、特に寂しいとは感じなかった。きっと誰もがそうだろうと思う。これからの生活を考えることの方が、忙しい筈。卒業を寂しいと感じるかどうかは、情が深いかどうかだ。僕は、そういうタイプじゃない。だけど受験勉強の時期に雪に会えなかったことは、とても寂しいと感じた。だからこれからもっと会う時間が減ってしまうと思うと、それが一番憂鬱だった。
「最初は全然思わなかったけど、お前らお似合いなんだよな」
 突然、太宇が呟くようにそう言った。その視線の先には、真岡雪がいる。卒業式が終わった後の教室の中には、引力がバラバラに働いてるような雰囲気が漂っていた。
「俺は未だに思えない」
 僕は言った。
「見た目の話じゃなくてね」
 ハッキリ言われるとやはり失礼だとは感じたけれど、重々承知の事実なので、僕は彼の言葉を受け入れた。
「なんか真岡ってさ、明るいし人気あるけど、闇抱えてる感じがするんだよね。両親がいないとか関係なく、元々の、なんか、気質?っていうのかな」
 そう言われて、やはりこいつはすごいなと、僕は改めて彼を見直した。彼女のそういう部分に気づいている人間は、他にいないだろう。僕だって、付き合ったりしなければ、絶対にわからなかった。
「で、お前ってそんなんだけど、意外と内面明るいじゃん」
「褒めてるつもりかもしれないけど、さっきからあんまりいいこと言ってないよ」

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