小説

『子捨て山』中杉誠志(『姥捨て山』)

 そういって、魔女はどっさりと部屋に材料を置いていきました。いくら縫い物が得意でも、それをやり続けるのは厳しい仕事でした。が、赤ちゃんを育てるのとは違って、相手は泣きわめくわけでもなく、縫ったら縫った通りに縫われてくれます。それに、毎日決まった量の御守り袋を縫えばよかったので、若いお母さんはしだいに規則正しい生活を送ることができるようになりました。赤ちゃんは夜泣きはするし、朝から泣くし、昼も泣けば、夕方も泣いて、心休まるときがありません。それに比べれば、生活リズムが整っているというだけでも、ずいぶん楽なのです。
 むしろ、住む場所もあって、食事ももらえ、自分の能力を最大限活かせる仕事があるのですから、お給料が支払われないという以外に文句はありません。ただ、出される食事に柿が出てきたときだけは、柿に変えられた赤ちゃんのことが頭をよぎって、食べられませんでした。
 そうして、一ヶ月が経ちました。一ヶ月が経ちましたが、また赤ちゃんに悩まされる生活が始まると思うと、若いお母さんは、怖くて怖くてしかたがありません。それで、最初に魔女と会った場所まで連れ出され、あとから魔女が、元の姿に戻った赤ちゃんを連れてきたとき、こういいました。
「赤ちゃん、返してくれなくていいです」
 それを聞いた魔女は、激しく怒りました。
「おまえには赤ちゃんがいらなくても、赤ちゃんにはおまえが必要なのだ!」
 怒られて、お母さんは子供みたいに泣き出しました。
「でも、子育てって大変なんです。わたし、赤ちゃんが怖いんです。しんどいんです」
 すると、魔女はさらに声を張り上げて、
「よくいった!」
 と、一転して褒めました。若いお母さんは、わけがわからず、ぽかんとして魔女の顔を見つめます。魔女のおそろしかった表情は、どんどんやわらかくなって、最後には、すっかりやさしいおばあさんの顔になっていました。
「そうさ、子育てというのはしんどいものさ。だからおまえは『私は子育てをするのがしんどいです』といってもいいのだよ。周りに助けを求めてもいいのだよ。子供を殺すのが一番悪いのだからね。むしろ、子供の命を守るためと思って、堂々といいなさい。『私は子育てをするのがしんどいです』と」
 若いお母さんは、またポロポロ涙をこぼし始めました。だって、そんなこと、誰もいってくれなかったからです。周りはみんな敵だらけだと思っていました。誰もどうせ助けてくれないと思っていました。でも、そんなことはないのです。試しに『育児 相談』とググってみてください。相談にのってくれる個人や団体がいくらでもあります。自分の住んでいる土地の名前まで入れると、より具体的な解決策が見つかるかもしれません。でもそんなこと、本当に、誰も教えてくれなかったのです。みんな、結婚して子供を産むのを当たり前に思いすぎて、それをしない人たちには『自己責任』というありがたい言葉しか投げかけてくれないのです。少子化問題を叫びながら、いざ子供を産んでみると、「勝手に子供を産んだんなら勝手に育てろ」だなんて、そんなのってバカヤローです。

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