見えなかったはずの月が少女の瞳だけに映った。ああ、そんな所に居たのかと少女は煌めく月と目を合わせた。何故気が付かなかったのか、こんなにも美しいものにと少女は微笑した。
虚ろだった目に淡い月光がゆっくりと光を与えていく。
月と雪、そして闇が織りなすコントラストの中で、透明なる歌が少女の中に鳴り響く。
法は今、真を持って顕現する。
少女の脳裏に、今まで過ぎ去っていった人々の顔が次々と蘇った。
父と母、友人達、そして、生前最も自分を可愛がってくれた祖母。
懐かしく、残酷で、泣いてばかりいた自分を慰めてくれる温かな記憶がそこにあった。
心の破片がただゆっくりと元の形を取り戻していく音色と頬を濡らす血のような温さの感触が心地よかった。
ああ、私の幸福はここにあったのだと少女は涙した。
何もいらなかった。ただ、欲しかったものは、求めたものは、手を伸ばさなくともそこにあった。
手を胸に当てる。心音と血脈の柔らかい感触。生命が原初より守り譲り伝え、奏で続けている交響曲。
自分の求めた幸福とはすなわちこの中にあった今感じている温かみ。そして、この音楽。
何も失ってなどいなかったし、何も得てなどいなかった。
ただそこに在るものだけが全てだった。
全にして一。
始まりと終わりの螺旋。
純白の意思が願った奇跡の観劇。
少女の意思が世界にゆっくりと溶けていく。
いつだって、終わりと始まりは同一なのだということを少女は悟った。
白いキャンバスに虹色の光が塗られていく。
懐かしい祖母の大好きな声が耳に届いた気がした。
優しかった母の温度と匂いが身の内で蘇る。
自分を可愛がって撫でてくれた頃の父の大きな手の感触を思い出す。
一緒に行こうという友人たちの想いが少女の心を埋めていく。
今ここにある光景や感覚が幻であっても少女は構わなかった。例え、虚像であったとしてもそれらが自分が満たしてくれるものだと声を張って叫びたかった。
祖母と母を想う。