小説

『GLOW』日光一(『マッチ売りの少女』)

 静かな闇と芯まで凍えるような寒さが支配しているような月の見えない夜だった。
 街を行く人々の歩みの中には今日が終わってしまう焦りと、新しく訪れる明日への期待が共存し、ただ動悸のような淡々とした足音があちこちで小さく反響していた。
 そんな良くも悪くも誂えたような一律のリズムの響く街路の片隅で、闇夜と同じ色の髪以外が遠目に真っ白に見える少女が手を胸の前で組んで目を瞑っていた。
 その祈りの姿はどこまでも深く重い闇をただ真っ直ぐに貫く一筋の光のように直向きで、少女の敬虔さが滲み出ていた。
 街路の古い蛍光灯に照らされた横顔は、作り物のように整っていながらもどこかあどけない幼さを残し、少女の純真さを語るようだった。
 ややあって、少女は組んでいた指先をゆっくりと解き、目を開ける。深い海のような黒い瞳が蛍光灯の淡い光に照らされ、一瞬煌めいた。小粒の雪が雫となって伝う頬や首は特有にきめ細かく、この深い夜によく映えていた。
 少女が深く呼吸をすると、肺が痛みを覚えるほどに空気は冷えていた。指先に感覚が宿らなくなってどれくらい時間が経ったのか、吐息をかけたり、身体を擦り合わせたりして作れる熱も最早意味を持たないほどだった。
 祈りを終えて、古い石畳の道を少女は白く長い裾をふわりと翻すと、そっと歩き出した。赤みを帯びた足が街の多くの人々の音に混じった。少女は裸足だった。歩く度に棘を踏むかのような細かな疼痛と時折小石に作り出される鋭い感覚に、少女は苛まれる。少しだけ、下睫毛の端に雪以外の水分が混じった。
 少女は意を決した様に小さな唇を開き、息とともに言葉を吐いた。白い吐息がそれに合わせて煙のように曖昧に消えていった。
「お願い事はございませんか? 私にお望みを教えて頂けませんか? どんな願い事でも叶えます。どうか、お伝えください。どうか――――」
 街を行く人々の多くにその言葉は届かず、少女の周りにいたほんの少しの人々は奇異な目を少女に向け、やがて反らすと足早にその場を後にしていった。
 少しだけ、人々のその対応に口惜しさを感じながら、少女はそれも一つの答えかと微笑んだ。
 そしてまた、誰にともなく少女は同じ言葉を詠う様に夜の街に紡ぎ続けた。
 誰が聞くわけでもない静かな声音を奏でながら、少女は己の身を暖めてくれそうなものを幾つも想像した。脳内で作られる妄想で、痛覚の混じる冷たさに抗い、この歩みを進められるならそれに越したことはないのだと少女は夢想した。
 だが、幻想は決して少女に身の癒しを与えず、小粒の雪と芯まで冷える風の舞う中で、少女の体温は刻一刻と当然のように失われていった。それでも、少女は小さな足を止めない。止めることが出来ようはずもなかった。

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