少女は家の前から去ろうと、足を踏み出した。光と共に幻想のように消えていく食物を横目に、少女は思う。ああ、知っている。自分に願いを叶える権利などないということくらい。
それでも、少女はか細く口を開く。願いを求めて。
深夜の街にまた、声が溶けていく。誰もがその声を聞いているはずなのに立ち止まる者も、聞く者も無い。
そのはずだったのに。
「ねえ、本当に願いを叶えてくれるの?」
それは如何なる奇跡か、願いを狂い乞う少女に向けられた神意のような一声。
深緑色の外套の男がいつの間にか少女の前に佇んでいた。針金細工のように長い手足と芝居がかった手振りが特徴的に映えていた。少女がよく知った人物にその全ては似ていた。あれはいつのことだったのだろう。
「はい、どうか願いを聞かせて下さい」
少女は表情を崩さずに言の葉を紡ぐ。
「ふーん。じゃあさ、聞いてくれないか? 僕はね――――。」
男は望んだ。全ての意思が分かる力が欲しいと。そんな存在になりたいと。
少女は虚ろな目でその願いを心中で嗤った。ああ、何と子供じみた夢物語か。そのような願い、真に願うだけで人の道から狂い外れている。
だが、少女は思う。叶えたい。それが願いだというのなら。
少女の手に光が点る。それは、先ほどの光と同じ瞬き。夜の闇を切り裂く純白の花が咲く。
幸福に至るための始点こそ、その光の花であり、それは願いを叶えるための結晶だった。
その男の願いはまるで、人の意識に耳だけを委ねるような植物の生き方だと少女は分析した。莫大で奔放な他意を全て知りたいのなら、人であってはその精神の容量は持ちようもない。ならば、その在り方を変貌させれば、或いはその願いは叶うかもしれない。聖誕祭に飾られる樹木の如く存在に彼がなれば良いのだ。
人類の意そのものを担う世界樹。その男はそんな神話の産物になりたがっていた。
光の奔流が二人に渦巻いた。全てのものから二人を切り離そうとする極光。視界を塗りつぶすような白銀色が二人を喰らうために迫っていた。
「なんて、そんなことが叶ってしまったらつまらなくなってしまうけれどね」
光が氾濫し、二人を侵食しようとした直前、男は口の端を歪ませて道化のように両手を広げた。
一瞬で、光芒の疾走は途絶され、元の闇に二人は落ちた。
この願いもやはり叶うべき願いではない、決して読まれることも詠われることもない泡沫の詩編なのだと少女は胸中で悟った。