「何者だ」
と俺はきいた。
男はこたえた。
「ジャボボノ・レノンと申します」
「俺になんの用だ」
「競馬場であなたがタヌキ化するところを遠目から目撃して、ピンときたのです。あなた、渦巻いてますね?」
そういってジャボボノ・レノンはポケットから煙草を取りだし、火をつけて右目を焼きつらぬいた。
ジュワ、と音をたててジャボボノ・レノンの右目は蒸発した。
「へへへへへ。私の右目はこんなことになってしまいました」
とジャボボノ・レノンはいった。
マスターは怒り狂った。
金歯のマスターはカウンターに身をのりだしてジャボボノ・レノンの胸ぐらにつかみかかり、
「おい、俺の店で火傷してんじゃねえぞ!」
と唾をとばした。
「心配にはおよびません。私は目玉をたくさん持っているのです」
といってジャボボノ・レノンはコートのポケットから色とりどりの目玉をとりだして両手のひらいっぱいにひろげてみせた。
マスターは壊れたロボットのように一切の活動を停止した。
「おや、メドゥーサの目玉とみつめあってしまったのですね。へへへ。ざまあみろ。偉そうなバーテンダーめ」
さて、といってジャボボノ・レノンはおもむろに丸メガネを外した。
そしてマントを脱ぎ捨て、裸ん坊(言い忘れてたけど、ジャボボノ・レノンは裸に黒マントという衣装で俺たちの前に現れたのだ)になると、平べったい胸板を指さして言った。
「さあ、ここを押してみろ。渦巻く少年タヌキよ!」
俺は突風が身体中を駆け巡るのを感じた。
俺はよろめいた。
レノンを腕押し。
「おっとっと」
といって俺はジャボボノ・レノンに倒れかかった。
そして俺の手のひらは、俺の腕は、俺の全身は、ジャボボノ・レノンの胸板にしゅるりと埋没した。
気がつくと、俺はビルのように巨大な極彩色の花々が縦横無尽に咲き狂う、怪しくも美しい不思議の国のみずうみのほとりに、ひとり、立ちつくしているのでした、とさ。