小説

『カッパのようなもの』中川マルカ(『河童』)

 湿った布で、顔を撫でる。眉から鼻筋にかけて、額の皺を左から右へ、よれてしわだらけの皮膚が、拭いた端から蘇るのだった。しわがのびると、不思議なほどふっくらと、そして若干の愛らしさまで帯びて、元のかたちに戻ろうとするのだから驚く。まぶたを拭えば、今にもその目が開きそうに見え、ほおを拭えばうっすらと赤みが差し、鼻孔と思しきキリで突いたようなわずかな二つの穴は、水分を含み、いくらか鼻梁も現れた。変貌ぶりに喜びを憶え、僕はその顔を拭取る作業に夢中になった。

 ところが、コップに半分ほどの液体は、顔面を拭き終えたところでなくなってしまった。ものすごい勢いで、皮膚がその水分を吸収したせいだ。僕は全身を蘇らせてやろうというつもりだったので、林檎ジュースのお代わりを取りに立とうとした。

 すると、だんまりを決め込んでいた小さな身体が、いきなり細かく震えたかと思うと、大きく振りかぶって勢いよく僕の方へあたまを向けた。僕は思わず身を引いた。あたまは、ぐるん、と僕を追いかけ、開きかけていたまぶたが、それを合図にカッと見開かれた。三日月のまぶたの奥から、ビー玉のように澄んだ眼球が飛び出さんばかりに前に出る。顔面の半分にも及ぶのではないかと思うほど、大きくて立派な目玉が、かすかな光を受けて言い得ぬ力強さを感じさせた。

 焦点が定まっていないのか、浮遊した視線はそこかしこに注がれ、僕はとたんに落ち着かなくなった。何か声を掛けるべきだろうかとも考えたが、どう呼びかけたらいいものか言葉に詰まって、全ての動きを止めるしかなかった。

 目玉が、空になった硝子コップを追いかけている。しょぼくれた口元がもそもそ動き、言葉を発しようとしているように見え、僕は耳を澄ましたが、音を拾うことは出来なかった。だらりと投げ出された手も、命を吹き返したようにかさこそ動き始めた。そのしおれた指先にやさしく手を沿え、声をかけた。

「大丈夫、大丈夫だから」

 自分に言い聞かせるように言った「大丈夫」の言葉が伝わったのか、僕の隣に横たわるそれは、安心したような表情を浮かべ、指を僕に絡めて身体を起こそうとする。口を動かしているのを見ると喉が渇いているのではないかと気が付いた。これだけ干からびていたのだから、水分が欲しいのだろう。

 僕は尚更、飲みものを持ってこなければという気になった。少し待っていてくれと言って、僕は布団から離れた。きいきい何か訴えていたようだが、水を得られる水車小屋までコップを持って急いだ。容器のいちばん上まで液体を満たしてもらい、慎重にそれを運ぶ。水車小屋から部屋までは少し遠い。コップにはふたがないので、慌てるとよくない。こぼさないよう集中した。

1 2 3 4