小説

『寿限無くん』室市雅則(『寿限無』)

 父の祐治は腕を組み真剣な顔で名前を考えていた。
 決して、『寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポポコナーの長久命の長介』とするべからずと意見すべく踏み込もうとした瞬間、祐治の顔がパッと明るくなり美紀に話しかけた。
 「なあ『寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポポコナーの長久命の長介』にしてみようか?洒落だよ、洒落、いっぺん試しにやってみよう」と言い放ち、美紀も楽しそうに同意していた。
 若き日の両親は純度100パーセントの笑みを浮かべていた。
 確実な愛が注がれていた。
 「役所で受理されなかったらどうする?」
 母親が尋ね、父が髭の剃り残しを擦りながら答えた。
 「そうだな。そうしたらまた考えよう」
 「大丈夫かな?」
 「また考える楽しみができる」
 「そういうもの?」
 「健康に生きてくれりゃ良いや。人に迷惑かけなきゃさ」
 「そうね。じゃあ、せっかくだから受理されなかったら『寿限無』にだけする?」
 「いいね。そうしよう。寿限り無し。素晴らしいじゃない」
 両親は赤ん坊の寿限無くんの頭を撫でた。
 赤ん坊の寿限無くんはお任せしたとばかりに大きなあくびをした。
 九十九歳の寿限無くんが入り込む余地はなかった。
 自分自身のことであるが、そこでは他人であった。
 幸せに満ちていた。
 しかし、それで良かった。
 両親の顔を見て、洒落という発端にも愛を感じた。
 寿限無くんは小さく頷いて玄関を閉める。
 錆びついた蝶番が擦れる音がした。
 そして、タイムマシンに乗り込み、元いた時代へと戻った。

 タイムマシンが元いた時代に到着した。
 その瞬間、火を吹き、燃え盛った。

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