小説

『寿限無くん』室市雅則(『寿限無』)

 ピカソの本名が「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・フアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」と知って、思い出すこともあったが、時代も国も違うけど似たような人がいるんだなと思う安心が先に出た。

 入学試験当日がやってきた。
 開始のベルが鳴り、鉛筆を握って解答用紙を表にし、名前の欄に鉛筆を運ぶ。
 ここで初めて気がついた。
 正式な名前を書かなくてはならないのだろう。
 慌てずまずは「田中寿限無」と書く。
 問題はここから先。
 「何だっけ?」
 自分のフルネームがパッと思い浮かばない。
 机に出した受験票にフルネームが書かれていることを思い出し、猛ダッシュでそれを書き写して試験問題に取り組んだ。
 見事に合格をしたが、自分で自分の名を書けないとはなんと不便なのだろうと思った。
 そして、調べると正当な理由があり、十五歳以上であれば家庭裁判所に本人の申し立てで改名ができるという。
 これには八百円の収入印紙がかかるし、家庭裁判所への交通費、手間暇、何より両親への説得を考えると面倒に感じた。
 それに両親からの情愛は十分に感じ、嫌がらせで名付けたようには到底思えなかった。
 でも、またこの名前で不便が生まれるかもしれない。
 寿限無くんは腕を組んで考えた。
 そして、一つのアイデアが思い浮かんだ。
 寿限無くん、十五歳の時である。

 アイデアを実現させるため寿限無くんは一心不乱に勉強をし、大学も最高学府を卒業し、アメリカはコネチカット州に専門に研究している学者がいると知れば、その門を叩いた。
 そして、努力の甲斐もあって、その道を研究することで生計を立てられるようになった。
 果たして実現するかどうかは分からないものに対し、一秒でも長生きをし、取り組めるために適度に運動をし、肉体を鍛え、心が病んでもいけないので恋をし、人を愛し、ついに子供もできた。

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