小説

『寿限無くん』室市雅則(『寿限無』)

 子供の名前はシンプルに長男には太郎、長女には花子と名付け愛を注いだ。
 とても充実していた。
 だから、フルネームに煩わせられても、家族に応援をされ、研究に熱を注いだ。

 寿限無くんがアイデアを思いついてから八十四年の時が流れた。
 『寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポポコナーの長久命の長介』と名付けた両親も他界してしまい、自分にも孫、ひ孫がいるおじいさんになったが、パワフルに研究を続けていた。
 そして、ついに実現をさせた。
 寿限無くんが百歳の誕生日を迎える前日。
 タイムマシンが完成したのだ。

 寿限無くんは当時、こう考えた。
 勉強をしながら、自分の名前を変えるためにはどうすべきか。
 両親が命名する現場に自分が現れ、どうなるかを本人の口から伝えれば『寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポポコナーの長久命の長介』と名付けるのを踏み止まるのではないだろうか。
 その一心で不可能を可能にした。

 九十九歳の寿限無くんは妻や子供達が見守る中、タイムマシンに乗り込んだ。
 予定では翌日、百歳となる誕生日に帰って来る。
 実験をするわけにはいかないので一発本番。失敗すれば、マシンの大破どころか、寿限無くんの命の危険もあった。
 しかし、寿限無くんは命をかけた。そうでなければ、ここまでやってきた、生きてきた意味がない。だから、妻も子供達も誰一人反対をしなかった。
 諸々のスイッチを押し、タイムマシンを起動した。
 時空が歪み、あの日へとワープした。

 到着したのは市営団地の一室の前。
 ドアをこっそりと開け、隙間から覗き見た両親は若かった。
 彼らの前には出生届と赤ん坊の寿限無くんが笑っていた。

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