社会の時間にバンコクの正式名称が「クルンテープ・プラマハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロックポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット」と知って、覚えるのが大変だなと思った矢先に、それに負けない長い名前を知るのであった。
日光への修学旅行に際し保険証のコピーの提出が必要であった。「コピー」その言葉に大人な響きを覚えながら、寿限無くんは母親からコピーを受け取って、大人に一歩近づいた予感を味わいながら、名前の欄を見るとやけに長い文字が書き込まれている。限られたスペースにゴマ粒のような大きさでみっしりと文字が詰まっている。天眼鏡をかざして音読を試みるが漢字が難しくて読めない。だから、母親に尋ねた。
「これって何って読むの?」
「あー、これはね。『寿限無寿限無五劫の擦り切れ海砂利水魚の水行末雲来末風来末食う寝る処に住む処藪ら柑子の藪柑子パイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのポポコナーの長久命の長介』と読むのよ」
「長いな。何なの?」
「寿限無の名前よ」とお母さん。
「僕の?」
「そうよ。いつも『寿限無』と呼んでいるけど、本当はね、こんなに長いの」
「へえ。バンコクみたいで凄いな」
寿限無くんはまだ訳が分からなかった。
これまで特段不便もなく暮らしていたし、これからも別に構わないやと思った。寿限無くんは素直だった。
ただ友達に自慢しようと思っても自分でも覚えきれていないのが残念だった。
それから中学生となっても、『寿限無』で通し、バスケ部のユニフォームにも『JUGEMU』と名前をプリントし、部活に勉強に、ちょっとの恋にと中学生活を謳歌した。
勉強もできた寿限無くんは地域の公立で一番の進学校を受験することにした。部活を引退後は、勉強に明け暮れ、合格間違いなしの学力を身につけた。
名前への具体的な不満は一度きりで、願書を記入する際に初めて「面倒臭いな」と感じたくらいであったが、猛勉強をしているうちに忘れてしまった。