小説

『吾輩は21世紀の猫である』次元(『吾輩は猫である』)

「聞いてひどいんだよ」
「あいつもうしらない」
「生理だったので薬のんだの」
「飲むとつらいのって言ったら飲むなって」
「言うので怒れちゃって帰ってきました」
 相変わらず五回に分けて送る意味があろうとは思えない。特に四と五は妙な箇所で文章が切れている。「怒れちゃって」というのはこのへんの方言なので彼女の罪ではない。最後だけ丁寧語を使っているのは破調である。これは主人の解釈では、デート中に彼女が恋人に体の変調を訴えた。生理の薬が体質に合わないようでたいへん苦しい。これは同情を引いて恋人に甘えんと欲する意図だが、彼氏はぶっきらぼうに「じゃあ飲まなきゃいい」と女心の分からぬ朴念仁みたいな事を言う。故をもって「怒れちゃって」デートを途中で切り上げて帰ってきたという顛末であろう、とのことである。さすが女子高生(主人は専らJKと謂う)と接する機会の多い主人は気心をよく察するものだと御高説に感心した次第である。ここまで明察しておいて女に縁がないのが不思議である。
 さて、復習を終えて、いざ返答を書かんという段になって主人はしばし沈思の態であったが、豁然と「そりゃヤギもメェ~だぜ、あいつら親類だよ」と軽薄に打ち込んでなぜかクマが「なめんなよ」と言っているスタンプを貼り付けた。前三節は黙殺しておいて、ともかく最後の「羊はメェ~ヤギは??」という謎かけのような文言に直接的解答を与えたものと思われる。

 次の緑ランプは「a」という人物である。附言するなら吾輩が拵えた仮名では無い。何を思ったか考えたか、あるいは何も考えておらぬのかラインのネームを「a」という一字のみにしているのである。およそ人を表すとは思えない。これを穿って見るなら無機質な人の情の通わぬ様体を敢えて狙ったかのようにも推察される。個人情報漏洩問題が深刻なネット社会に於いて情報を得ようにもとっかかりのない名である。いっそ名のない吾輩よりも匿名性が高い。と色々分析してみたがこんな投げやりな名をつけておいて、この子は自分の写真やら学校やら無作為に公開しているのである。
「先生ーーー」
「受かった!おみくじ引いたら受かったよー!」
「キエェェェエェェwwwww」
 ちゃんと先生と言ってくるのはこの子くらいだが、一体何に受かったのやら判然としない。それをまず伝えるべきでおみくじはこの際関係なかろう。最後の行は塚原卜伝もかくやとも言うべき裂帛の気合である。鼎を扛ぐ項王である。三月半ばという時期を鑑みておそらく自動車免許であろうと見切りをつけた主人が「オメデトウ。運転だけは気をつけなよ」と無難に書き込む。吾輩の感覚では「オメデトウ」をカタカナにするとどうも字面が悪い。獅子唐か金平糖の親戚みたいである。

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