小説

『川せみになる』菊武加庫(『よだかの星』)

 「まさかの答え。幸奈が亡くなってからに決まってるじゃん」
とたんにはすっぱな物言いになる。「亡くなって」と言ったのが多少の進歩だ。当時はこう言った。
「幸奈死んじゃったね」
 幸奈は美しい少女ではなかった。心と容姿が比例するならどんなに素晴らしいだろうと、中学生のころはいつも考えていた。あのころの私たちにとって、それほど容姿は重要だった。自分の中身なんて大したことことないと自覚してはいるものの、それでももう少しましな心がけで生きているつもりでいる厚かましい十代だった。
 心と容姿が比例するのであるならば、クラス一の美少女は幸奈だったはずだ。幸奈はいつも笑顔を絶やさず、人が嫌がる仕事も文句ひとつ言わずに黙々とこなした。二人きりになっても誰かを悪く言うことはなく、どんな話も真剣に聞いてくれた。なのに、彼女の外見は最悪だったのだ。髪の毛はやたら多く、いつもごわごわしていた。家が貧しく、その大量の髪を美容院で減らしてもらうこともままならず、常に大きな不揃いなおかっぱになっていた。体重はクラス女子平均の軽くプラス十数kgはあり、いつも重そうに次の姿勢を探していた。食生活が不規則なのか、常に肌も荒れがちで、皮膚がかさかさになるのと、にきびを繰り返した。それでも、先んじて言い切る強さを押し出す性格であったならば、別なポジションが約束されていたにちがいないが、幸奈はただ優しかった。
 そんな幸奈を幸恵とその取り巻きが放っておくはずがない。彼女たちは教室の真ん中を常に陣取り、黄色いくちばしで春を謳歌していた。

 クラスの中には交際する子もいたが、幸恵は誰とも付き合わなかった。ただ、誰かが好きな相手がいるという情報を得ると、その男子に声をかけ、親しく振る舞う。相手が勘違いするまでそうやって遊ぶのだ。すっかりその気になったところで「友だちとして仲良くしていきたい」としたり顔で傷つけるのだ。だが、一番傷つくのはすっかり外に置かれた、彼に思いを寄せる女の子だ。中学生でも真剣に人を思うことはある。女子の間には好きな人がいても幸恵に知られてはいけないというのが、暗黙の共通且つ周知のルールだった。
 その遊びが一段落して飽きてきたのか、次にターゲットになったのが幸奈だった。今でいう壮絶な苛めではない。その一歩前でいつも幸恵は遊ぶ。幸奈の人柄や誠実さは誰もが認めるところだったので、アイドルとしてはおおっぴらに苛めることは出来ないのだ。しかし、中学生なんて愚かで残酷な生き物だ。私だって。
 太り過ぎの幸奈が転ぶと、絶妙なタイミングでクスリと笑う。すると笑っていい空気が生まれるのだ。「幸奈ってぬいぐるみみたいでかわいいよね」と思ってもいない言葉で優位に立つのも忘れない。

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